・・・その枝に半ば遮られた、埃だらけの硝子窓の中にはずんぐりした小倉服の青年が一人、事務を執っているのが見えました。「あれですよ。半之丞の子と言うのは。」「な」の字さんもわたしも足を止めながら、思わず窓の中を覗きこみました。その青年が片頬・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・とその魚売が笊をひょいと突きつけると、煮染屋の女房が、ずんぐり横肥りに肥った癖に、口の軽い剽軽もので、「買うてやらさい。旦那さん、酒の肴に……はははは、そりゃおいしい、猪の味や。」と大口を開けて笑った。――紳士淑女の方々に高い声では申兼・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ ただ一人、水に入ろうとする、ずんぐりものの色の黒い少年を、その諸足を取って、孫八爺が押えたのが見える。押えられて、手を突込んだから、脚をばったのように、いや、ずんぐりだから、蟋蟀のようにもがいて、頭で臼を搗いていた。「――そろ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ ――後に、四童、一老が、自動車を辞し去った時は、ずんぐりとして、それは熊のように、色の真黒な子供が、手がわりに銃を受取ると斉しく、むくむく、もこもこと、踊躍して降りたのを思うと、一具の銃は、一行の名誉と、衿飾の、旗表であったらしい。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 押並んで、めくら縞の襟の剥げた、袖に横撫のあとの光る、同じ紺のだふだふとした前垂を首から下げて、千草色の半股引、膝のよじれたのを捻って穿いて、ずんぐりむっくりと肥ったのが、日和下駄で突立って、いけずな忰が、三徳用大根皮剥、というのを喚・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 首が短かく、肩がずんぐりと張り、色が黒い。亀吉というのが本名なら、もう綽名をつける必要はない。 豹吉の傍へ寄って来ると、「兄貴、えらいこっちゃ。刑事の手が廻った!」 亀吉は血相を変えていきなり言った。 お加代の顔に・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・可哀そうなのは、苦労をともにしている瞳のことだと、松本は忘れていた女の顔を、坂田のずんぐりした首に想い出した。 ちょっと見には、つんとしてなにかかげの濃い冷い感じのある顔だったが、結局は疳高い声が間抜けてきこえるただの女だった。坂田のよ・・・ 織田作之助 「雪の夜」
この月の二十日前後と産婆に言われている大きな腹して、背丈がずんぐりなので醤油樽か何かでも詰めこんでいるかのような恰好して、おせいは、下宿の子持の女中につれられて、三丁目附近へ産衣の小ぎれを買いに出て行った。――もう三月一日だった。二三・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・そして耕吉の窓の下をも一二度、口鬚の巡査は剣と靴音とあわてた叫声を揚げながら、例の風呂敷包を肩にした、どう見ても年齢にしては発育不良のずんぐりの小僧とともに、空席を捜し迷うて駈け歩いていた。「巡査というものもじつに可愛いものだ……」耕吉は思・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・手綱が引かれて馬が止ると同時に防寒帽子の毛を霜だらけにした若いずんぐりした支那人がとびおりた。ひと仕事すまして帰ってきたのだ。「どうしたい?」 毛布を丸めている呉清輝にきいた。「田川がうたれただよ」と呉は朗らかに笑った。「時にゃ・・・ 黒島伝治 「国境」
出典:青空文庫