・・・郷里以外の地で見聞きし、接触した人と人との関係や性格よりも、郷里で見るそれの方が、私には、より深い、細かい陰影までが会得されるような気がする。 が、それと共に、自然の風物もいまでは、痛く私の心を引く。絶対安静の病床で一カ月も米杉の板を張・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・それは、農林省の『本邦農業要覧』にあらわれた数字よりも、もっと正確に日本農民の生活を描きだしていた。けれども、それだけに止っていた。」とナップ三月号で池田寿夫はいっている。確に、それはその通り、それだけに止っていたのである。農林省の「本邦農・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・逆襲される心配がないことは兵士の射撃を正確にした。 こっちに散らばっている兵士の銃口から硝煙がパッと上る。すると、包囲線をめがけて走せて来る汚れた短衣や、縁なし帽がバタバタ人形をころばすようにそこに倒れた。「無茶なことに俺等を使いや・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・が過去に於て、一千版以上を重ねたと云われる程、多く読まれたとするならばそれは、現実が正確に反映していたからではなく、むしろ反対に、一色に塗りつぶされた勇敢と献身と熱烈な武者振りが、支配階級が必要とした愛国主義と軍国主義の鼓吹に大いに役立った・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ も一ツ古い談をしようか、これは明末の人の雑筆に出ているので、その大分に複雑で、そしてその談中に出て来る骨董好きの人や骨董屋の種の性格風ふうぼうがおのずと現われて、かつまた高貴の品物に搦む愛着や慾念の表裏が如何様に深刻で険危なものである・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・これは、もう、絶対に正確の定理のようでございます。老博士も、やはり世に容れられず、奇人よ、変人よ、と近所のひとたちに言われて、ときどきは、流石に侘びしく、今夜もひとり、ステッキ持って新宿へ散歩に出ました。夏のころの、これは、お話でございます・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 母は、ひとり離れて坐って、兄妹五人の、それぞれの性格のあらわれている語りかたを、始終にこにこ微笑んで、たのしみ、うっとりしていたのであるが、このとき、そっと立って障子をあけ、はっと顔色かえて、「おや。家の門のところに、フロック着た・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・それから、どうなったか、私には、正確な記憶が無い。 井伏さんも酔わず、私も酔わず、浅く呑んで、どうやら大過なく、引き上げたことだけはたしかである。 井伏さんと早稲田界隈。私には、怪談みたいに思われる。 井伏さんも、その日、よっぽ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・それから醒覚したのは、監獄の部屋の中であった。夜である。おれの傍には卓があって、その上に襟の包みが載っている。 明日はおれは処刑を受ける。おれはヨオロッパのために死ぬる。ヨオロッパの平和のために死ぬる。国家の行政のために死ぬる。文化のた・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・そしてその不正義に対する反抗心が彼の性格に何かの痕跡を残さない訳には行かなかったろうと思われる。「ユダヤ人はその職業上の環境や民族の過去のために、人から信用されるという経験に乏しい。この点に関してユダヤ人の学者に注目して見るがいい。彼等は論・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫