・・・店も失くした、お千代も生家へ返してしまッた――可哀そうにお千代は生家へ返してしまッたんだ。おれはひどい奴だ――ひどい奴なんだ。ああ、おれは意気地がない」 上草履はまたはるかに聞え出した。梯子を下りる音も聞えた。善吉が耳を澄ましていると、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・今の世間の実際に女子の不身持にして辱を晒す者なきに非ず、毎度聞く所なれども、斯く成果てたる其原因は、父母たる者、又夫たる者が、其女子を深く家の中に閉籠め置かざりしが故なりやと言うに、必ずしも然らず。元来品行の正邪は本人の性質に由り時の事情に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・もしもこの『養生訓』、『女大学』をして、益軒翁以下、尋常文人の手にならしめなば、折角の著書もさまでの声価を得ざりしことならん。 この他、『唐詩選』の李于鱗における、百人一首の定家卿における、その詩歌の名声を得て今にいたるまで人口に膾炙す・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・らんなれども、幸にして明治政府には専制の君主なく、政権は維新功臣の手に在りて、その主義とするところ、すべて文明国の顰に傚い、一切万事寛大を主として、この敵方の人物を擯斥せざるのみか、一時の奇貨も永日の正貨に変化し、旧幕府の旧風を脱して新政府・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・しかしゆうべまであった花はどうしたろう、生花も造花もなんにも一つもないよ。何やら盛物もあったがそれも見えない。きっと乞食が取ったか、この近辺の子が持って往たのだろう。これだから日本は困るというのだ。社会の公徳というものが少しも行われて居らぬ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ みんなは毎日その石で畳んだ鼠いろの床に座って古くからの聖歌を諳誦したり兆よりももっと大きな数まで数えたりまた数を互に加えたり掛け合せたりするのでした。それからいちばんおしまいには鳥や木や石やいろいろのことを習うのでした。 アラムハ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・すべての人々に訴えるこれらのたたかいの成果におそれて、労働組合、言論機関、芸能人ばかりでなく、教授と学生への思想抑圧、レッド・パージがおこった。文部、法務、特審関係、どこを見てもその指導的地位にいるものは、大学の第何期生かであり先輩である。・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・ 種々のゆがみをもちつつ、献身的な努力でともかく今日まで押しすすめられて来た運動の段階にあって、私たちは大きい成果の上に生きていると思う。 時間的に四五年といえば短かいがその間急速に激化した闘争は、広い範囲で運動内における女の活動家・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
大地は大変旧いものだ。けれども同時に刻々生成をやすめない恒に新鮮なものでもある。 私たちの生活に、社会について自然についていろいろと科学的な成果がゆたかに齎らされるにつれて、旧き大地の新しさや、そこの上に生じてゆく社会・・・ 宮本百合子 「新しき大地」
・・・批判をそのままくりかえし、これらの人々の活動の積極面――プロレタリア文学運動の成果の抹殺が試みられた。それは、客観的には、非民主的諸勢力への加担を結果することである。「一連の非プロレタリア的作品」を思い出させることで、わたしの現在での活動や・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
出典:青空文庫