・・・ この事実に対する認識の不足が、科学の正常なる進歩を阻害する場合がしばしばある。これは科学にたずさわるほどの人々の慎重な省察を要することと思われる。 最後にもう一つ、頭のいい、ことに年少気鋭の科学者が科学者としては立派な科学者でも、・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・ただ少しばかり現実の可能性を延長した環境条件の中に、少しばかり人間の性情のある部分を変形し、あるいは誇張し、あるいは剪除して作った人造人間を投入して、そうして何事が起こるかを見ようとするのである。ジュリアンの「ほんとうの話」の大法螺でも、夢・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・この事に関する誤解が往々正常なる科学の普及を妨害しているように見える。これは惜しむべきことである。 文章と科学「甲某の論文は内容はいいが文章が下手で晦渋でよくわからない」というような批評を耳にすることがしばしばある。・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・学校で教わった色々の六かしいことは大抵綺麗に忘れてしまったように思われる。正常の教程課目として教わったことで後年直接そのままに役に立ったことは比較的わずかで教程以外に直接先生方から受けた実例教育の外には自分の勝手で自修したことだけが骨身に沁・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・それ故にこの疑問を解くことは我国の学問の正常な発達のために緊要なことではないかと思われるのである。自分などはもとよりこの六かしい問題に対して明瞭な解答を与えるだけの能力は無いのであるが、ただ試みに以下にこの点に関する私見を述べて先覚者の教え・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・の場合に一分子だけの厚さをもつものであるから、割れ目の間隙が 10-8 でなくてもミクロン程度のものならば、その間隙を液体で充填することによって割れ目の面における音波の反射をかなりまで防止し従って鐘の正常な定常振動を回復することができるであ・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・なんだか自分の性情にまで、著しい変化の起った事は、自分でもよくわかったし、友達などもそう云っていた。しかし、それはただ表面に現われた性行の変りに過ぎぬので、生れ付き消極的な性質は何処までも変らぬ。それでなければ今頃こんな消極的な俗吏になって・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ありとあらゆる罪悪の淵の崖の傍をうろうろして落込みはしないかとびくびくしている人間が存外生涯を無事に過ごすことがある一方で、そういう罪悪とおよそ懸けはなれたと思われる清浄無垢の人間が、自分も他人も誰知らぬ間に駆足で飛んで来てそうした淵の中に・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ 数分の休息と三片のキャラメルで自分の体内の血液の成分が正常に復したと見えてすっかり元気を取りもどしてひと息に頂上までたどりつくことができた。 頂上にはD研究所のT理学士が天文の観測をするためにもう十数日来テントを張って滞在している・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ラスのテーブルの上に銀器が光っていて、一輪のカーネーションでもにおっていて、そうしてビュッフェにも銀とガラスが星空のようにきらめき、夏なら電扇が頭上にうなり、冬ならストーヴがほのかにほてっていなければ正常のコーヒーの味は出ないものらしい。コ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
出典:青空文庫