・・・ 二つの猫の性情の著しい相違が日のたつに従って明らかになって来た。三毛が食物に対してきわめて寡欲で上品で貴族的であるに対して、たまは紛れもないプレビアンでボルシェビキでからだ不相応にはげしい食欲をもっていた。三毛の見向きもしない魚の骨や・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・と言ったというが、芭蕉の数奇をきわめた体験と誠をせめる忠実な求道心と物にすがらずして取り入れる余裕ある自由の心とはまさしくこの三つのものを具備した点で心敬の理想を如実に実現したものである。世情を究め物情に徹せずしていたずらに十七字をもてあそ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 大きな水槽に性情を異にするいろいろな種類の魚を雑居させたのがある。そこではもはやこうした行動の一致は望まれないと見えて右往左往の混乱が永久に繰り返されている。これでは魚が疲れてしまいはせぬかと思って気になるようである。 交通があま・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ 三五八頁には右の手を清浄な事に使い、左の手を汚れに使う種族の事がある。 これもある意味では世界中の文明人が今現にやっている習俗と同じ事である。 三五九頁にはこんな事がある。 債務者が負債を払わないで色々な口実を設けて始末の・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・異人種間の混血児は特別なる注意の下に養育されない限り、その性情は概して両人種の欠点のみを遺伝するものだというが、日本現代の生活は正しくかくの如きものであろう。 銀座界隈はいうまでもなく日本中で最もハイカラな場所であるが、しかしここに一層・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・これほどの骨折は、ただに病中の根気仕事としてよほどの決心を要するのみならず、いかにも無雑作に俳句や歌を作り上げる彼の性情から云っても、明かな矛盾である。思うに画と云う事に初心な彼は当時絵画における写生の必要を不折などから聞いて、それを一草一・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・幾ら科学者が綿密に自然を研究したって、必竟ずるに自然は元の自然で自分も元の自分で、けっして自分が自然に変化する時期が来ないごとく、哲学者の研究もまた永久局外者としての研究で当の相手たる人間の性情に共通の脈を打たしていない場合が多い。学校の倫・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・そうして、この品位は単に門地階級から生ずる貴族的のものではない、半分は性情、半分は修養から来ているという事を悟った。しかもその修養のうちには、自制とか克己とかいういわゆる漢学者から受け襲いで、強いて己を矯めた痕迹がないと云う事を発見した。そ・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・二つのものが純一無雑の清浄界にぴたりと合うたとき――以太利亜の空は自から明けて、以太利亜の日は自から出る。 女は又歌う。「帆を張れば、舟も行くめり、帆柱に、何を掲げて……」「赤だっ」とウィリアムは盾の中に向って叫ぶ。「白い帆が山影を・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・徒らに高く構えて人情自然の美を忘るる者はかえってその性情の卑しきを示すに過ぎない、「征馬不レ前人不レ語、金州城外立二斜陽一」の句ありていよいよ乃木将軍の人格が仰がれるのである。 とにかく余は今度我子の果敢なき死ということによりて、多大の・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
出典:青空文庫