・・・緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなった者ではない。勲章も――わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう? 武器 正義は武器に似たものである。武器は金を出しさえすれば、敵にも味方・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・わたしの信ずるところによれば、或は柱頭の苦行を喜び、或は火裏の殉教を愛した基督教の聖人たちは大抵マソヒズムに罹っていたらしい。 我我の行為を決するものは昔の希臘人の云った通り、好悪の外にないのである。我我は人生の泉から、最大の味を汲み取・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「もし堯舜もいなかったとすれば、孔子はうそをつかれたことになる。聖人のをつかれる筈はない」 僕は勿論黙ってしまった。それから又皿の上の肉へナイフやフォオクを加えようとした。すると小さい蛆が一匹静かに肉の縁に蠢めいていた。蛆は僕の頭の・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・たった五年、たった十年、――子供さえ成人すれば好いのです。それでもいけないと云うのですか? 使 さあ、年限はかまわないのですが、――しかしあなたをつれて行かなければ代りが一人入るのです。あなたと同じ年頃の、…… 小町 (興奮では誰で・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・殊に自分なぞはそれから七八年、中学から高等学校、高等学校から大学と、次第に成人になるのに従って、そう云う先生の存在自身さえ、ほとんど忘れてしまうくらい、全然何の愛惜も抱かなかったものである。 すると大学を卒業した年の秋――と云っても、日・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・そして小屋の中が真暗になった日のくれぐれに、何物にか助けを求める成人のような表情を眼に現わして、あてどもなくそこらを見廻していたが、次第次第に息が絶えてしまった。 赤坊が死んでから村医は巡査に伴れられて漸くやって来た。香奠代りの紙包を持・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……しかし立派に御成人じゃな。」「お恥かしゅう存じます。」「久しぶりじゃ、ちと庫裡へ。――渋茶なと進ぜよう。」「かさねまして、いずれ伺いますが、旅さきの事でございますし、それに御近所に参詣をしたい処もございますから。」「ああ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・分相当なる用意があるであろう、日常のことだけに仰山に失するような事もなかろう、一家必ず服を整え心を改め、神に感謝の礼を捧げて食事に就くは、如何に趣味深き事であろう、礼儀と興味と相和して乱れないとせば、聖人の教と雖も是には過ぎない、それが一般・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・この点は、成人を相手とする読物以上に骨の折れることであって、技巧とか、単なる経験有無の問題でなく天分にもよるのであるが、また、いかに児童文学の至難なるかを語る原因でもあります。 もし、その作者が、真実と純愛とをもって世上の子供達を見た時・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・殊に、文芸の必要なるべきは、少年期の間であって、すでに成人に達すれば、娯楽として文芸を求むるにすぎません。しからざれば、趣味としてにとゞまります。世間に出るに及んで、生活の規矩を政治、経済に求むるが、むしろ当然だからです。 さらば、何故・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
出典:青空文庫