・・・あの唐の崔さいこうの詩に「晴川歴歴漢陽樹 芳草萋萋鸚鵡洲」と歌われたことのある風景ですよ。妙子はとうとうもう一度、――一年ばかりたった後ですが、――達雄へ手紙をやるのです。「わたしはあなたを愛していた。今でもあなたを愛している。どうか自ら欺・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・なんだかせいせいとする、以来女はふっつりだ」「それじゃあ生涯ありつけまいぜ。源吉とやら、みずからは、とあの姫様が、言いそうもないからね」「罰があたらあ、あてこともない」「でも、あなたやあ、ときたらどうする」「正直なところ、わ・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・目から蝋燭の涙を垂らして、鼻へ伝わらせて、口へ垂らすと、せいせい肩で呼吸をする内に、ぶるぶると五体を震わす、と思うとね、横倒れになったんだ。さあ、七顛八倒、で沼みたいな六畳どろどろの部屋を転摺り廻る……炎が搦んで、青蜥蜴ののたうつようだ。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・「ああ、さぞ、せいせいするだろう。あの女は羨しいと思いますと、お腹の裡で、動くのが、動くばかりでなくなって、もそもそと這うような、ものをいうような、ぐっぐっ、と巨きな鼻が息をするような、その鼻が舐めるような、舌を出すような、蒼黄色い・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ せいせいッてね、痰が咽にからんでますのが、いかにもお苦しそうだから、早く出なくなりますようにと、私も思いますし、病人も痰を咯くのを楽みにしていらっしゃいますがね、果敢ないじゃありませんか、それが、血を咯くより、なお、酷く悪いんですとさ・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・早瀬 お前、せいせい云って、ちと休むが可い。お蔦 もう沢山。早瀬 おまいりをして来たかい。お蔦 ええ、仲町の角から、手を合せて。早瀬 何と云ってさ。お蔦 まあ、そんな事。早瀬 聞きたいんだよ。お蔦 ええ、話す・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・「お叱言で恐入るがね、自分から手向けるって、一体誰だい。」「それは誰方だか、ほほほ。」 また莞爾。「せいせい、そんな息をして……ここがいい、ちょっとお休みなさいよ、さあ。」 ちょうど段々中継の一土間、向桟敷と云った処、さ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・天気がいいと、気持ちがせいせいします。」 二人は、そこでこんな立ち話をしました。たがいに、頭を上げて、あたりの景色をながめました。毎日見ている景色でも、新しい感じを見る度に心に与えるものです。 青年は最初将棋の歩み方を知りませんでし・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・ それは一方からの尽きない生成とともにゆっくり旋回していた。また一方では捲きあがって行った縁が絶えず青空のなかへ消え込むのだった。こうした雲の変化ほど見る人の心に言い知れぬ深い感情を喚び起こすものはない。その変化を見極めようとする眼はい・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・そこで僕は思った、僕に天才があろうがなかろうが、成功しようがしなかろうがそんな事は今顧みるに当たらない何でもこのままで一心不乱にやればいいんだ、というふうに考えて来ると気がせいせいして来た。 昨日もちょうどそんな事を考えながら歩いて、つ・・・ 国木田独歩 「郊外」
出典:青空文庫