・・・ 少し我が儘なところのある彼の姉と触れ合っている態度に、少しも無理がなく、――それを器用にやっているのではなく、生地からの平和な生まれ付きでやっている。信子はそんな娘であった。 義母などの信心から、天理教様に拝んでもらえと言われると・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・カシミヤの白手袋が破れて、新しいのを買おうとしても、カシミヤのは、仲々無いので、しまいには、生地は、なんであっても白手袋でさえあればという意味で、軍手になりました。兵隊さんの厚ぼったい熊の掌のように大きい白手袋であります。なにもかも、滅茶滅・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・――ねむり薬の精緻なる秤器。無表情の看護婦があらあらしく秤器をうごかす。」 始発の電車。 夜が明け、明け放れていっても、私には起きあがることができないのだ。このように、工合のわるい朝には、家人に言いつけて、コップにすこし、お酒を持っ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・盲人一流の芸者として当然の事なれども、触覚鋭敏精緻にして、琉球時計という特殊の和蘭製の時計の掃除、修繕を探りながら自らやって楽しんでいた。若き頃より歯が悪く、方々より旅の入歯師来れどもなかなかよき師にめぐり合う事なく、遂に自分で小刀細工して・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・ ベナレスの聖地で難行苦行を生涯の唯一の仕事としている信徒を、映画館から映画館、歌舞伎から百貨店と、享楽のみをあさり歩く現代文明国の士女と対照してみるのもおもしろいことである。人生とは何かなどという問題は、世界をすっかり見た上でなければ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・現在ではただ与えられたいわゆるスターの生地とマンネリズムとを前提として脚色はあとから生まれるから、スター崇拝者は喜ぶであろうが、できたものは千編一律である。もっともこれは日本の映画に限らない世界的の傾向かもしれないが、自分の不満はこの一般傾・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかし、この、近代科学から見放された人間の感覚器を子細に研究しているものの目から見ると、これらの器官の機構は、あらゆる科学の粋を集めたいかなる器械と比べても到底比較にならないほど精緻をきわめたものである。これほど精巧な器械を捨てて顧みないの・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・、国貞型、ガルボ型、ディートリヒ型、入江型、夏川型等いろいろさまざまな日本婦人に可能な容貌の類型の標本を見学するには、こうした一様なユニフォームを着けた、そうしてまだ粉飾や媚態によって自然を隠蔽しない生地の相貌の収集され展観されている場所に・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ この間映画で見たが、インドの聖地では、自分の肉体を責めさいなむことを一生の唯一の仕事にしている人間が沢山いるようである。どうも不思議なことだと思われたが、よく考えてみるとこの謎が少し分りかけたような気もするのである。・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・説明するまでもなく金春の煉瓦造りは、土蔵のように壁塗りになっていて、赤い煉瓦の生地を露出させてはいない。家の軒はいずれも長く突き出で円い柱に支えられている。今日ではこのアアチの下をば無用の空地にして置くだけの余裕がなくって、戸々勝手にこれを・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫