・・・ 心はせかせかして足取りや姿は重く止めどなくあっちこっち歩き廻った、祖母もあんまりぞっとしない様な顔をしてだまって明るくない電気のまどろんだ様な光線をあびて眼をしばたたいて居た。「兄弟達にも可愛がられないで不運な子って云うのよ。・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 母は、私をよく知って居るので、休の時などに、用を多くさせる事等はしないでくれるけれ共、暮と云えば自分から気が落つかないで、母がせかせかして居るのを知らん顔で居るわけには、たのまれないでも出来ず、やっぱりせわしい思をする。 そんな処・・・ 宮本百合子 「午後」
・・・ 御昼飯を仕舞うとすぐ千世子は銘仙の着物に爪皮の掛った下駄を履いてせかせかした気持で新橋へ行った。 西洋洗濯から来て初めての足袋が「ほこり」でいつとはなしに茶色っぽくなるのを気にしながら石段を上るとすぐわきに、時間表を仰向いて見て居・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・老爺が群の一人に何か話すわきからせかせかしながら、老婆 ほんのこったぞ。 これ皆の衆。 御勿体ない、法王様は御病気でござらしゃるだに皆を祝福してやるとこらえてああやってござらしゃる。常ならば、はるばる参らねばお衣のはじさ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・翌朝私は目を覚すとすぐ行こうかとも思ったけれ共どうしてもその気になれないのでお互に気のせかせかして居る時の方が却って好いと思ったんでわざと三時すぎにお妙ちゃんの家に行った。丁度御化粧のおしまいになったばっかりの時であった。私とお妙ちゃんとは・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・慢性的にとり散らされた室の中ではタイプライターの音がせかせか響き、こんな日本語が聞えた。 ――どうしてぐずぐずしてるのさ繩がかからないの? ――切れちゃうのよ、この繩! おまけにこら! 毒じゃないかしらん、この粉―― ――支那の・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・小さく窪んだ二つの眼を賤しく左右に配って、せかせか早口な物の云いようをしたようにも想われる。 彼の住居は八條にあった。内裏までかなり遠い。冬だと、彼はその道中に、餅の大きなの一つ、小さいのを二つ焼いて、温石のように体につけて持って行った・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
出典:青空文庫