・・・ 街頭狗肉を売るところの知的商人、いつわりの説教師たちを輩出せしめる現代ジャーナリズムに毒されたる読書青年が、かような敬虔な期待を持つことができないのは同情に値する。しかしながらジャーナリズムはまた需要にこたえるものでもある。読書子の書・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・男子は独立して妻子を養い得ぬのが普通となり、といって婦人の職業進出はますます男子の職を奪い、その労働条件を低下せしめる。これは今日の社会制度を改革しない限りは初めから無理な相談である。子どもの素質は低下せざるを得ない。ここにおいて前回に述べ・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・ 見なれた人にはなんでもない物事に対する、これを始めて見た人の幼稚な感想の表現には往々人をして破顔微笑せしめるものがあるのである。 文楽の人形芝居については自分も今まで話にはいろいろ聞かされ、雑誌などでいろいろの人の研究や評論などを・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・た仕事が問題の各方面を引っくるめた全体の上から見ると実に些末な価値しかないものと他の多くの人からは思われるものであっても、それが丁度、当該審査委員の正に求めている壷にはまり、その委員の刻下の疑団を氷解せしめるような要点に触れている場合には、・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・それで考え方によっては、それらの音をそれぞれの音として成立せしめる主体となるものは基音でなくてむしろ高次倍音また形成音だとも言われはしないかと思う。 こういう考えが妥当であるかないかを決するには、次のような実験をやってみればよいと思われ・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・ しかし、また一方、この同じ心理がたとえば戦時における祖国愛と敵愾心とによって善導されればそれによって国難を救い戦勝の栄冠を獲得せしめることにもなるであろう。 しかしまた、同じような考え方からすれば、結局ナポレオンも、レーニンも、ム・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・其の陳腐にして興味なきことも亦よく予想せられるところであるが、これ却って未知の新しきものよりも老人の身には心易く心丈夫に思われ、覚えず知らず行を逐って読過せしめる所以ともなるのであろう。この間の消息は直にわたくしが身の上に移すことが出来る。・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・当時隅田川上流の蒹葭と楊柳とはわたくしをして、セーヌ河上の風光と、並せてまたアンリ・ド・レニエーが抒情詩を追想せしめる便りとなったからである。今日文壇の士に向って仏蘭西の風光とその詩篇とを説くのは徒に遼豕の嗤を招ぐに過ぎないであろう。しかし・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・これらの植物の曲って地に垂れたその枝振りと、岩のようにごつごつして苔に蔽われた古い幹との形は、日本画にのみ見出される線の筆力を想像せしめる。並んだ石燈籠の蔭や敷石の上にまるで造花としか見えぬ椿の花の落ち散っている有様は、極めて写実的ならざる・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・あるけれども、その材料が読む者聞く者には全く、没交渉で印象にヨソヨソしい所がある、これに引き換えてナチュラリズムは、如何に汚い下らないものでも、自分というものがその鏡に写って何だか親しくしみじみと感得せしめる。能く能く考えて見ると人というも・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
出典:青空文庫