・・・ 婦人の性の本来は生殖に重点をおかれているのであるから、社会労働は、常に男の補助の範囲であるのが自然であり、従って賃銀も、いわゆる世帯主としての負担のにない手である男よりやすいのが当然であるとする論者がある。こういう立場の論者は、男も女・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・え直しの慾求と一緒に、着実にその疑問の一筋を辿って、自分の道を進もうとしている作家の存在も、決して見のがすことは出来ず、そういう作家と、そのような作家を志して文学修業を怠らない人々とが、窮局において、世態の大波小波を根づよく凌いで、未曾有の・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・ 長く尾をひいてそこから様々の問題がひき出されて来ているのは、あの一事が偶然ではなくて、そこに何かこの頃の世態人情の気の荒さ、ともかく体の力で押して行け式の盲動性などが、その底に複雑な人心の機微を包んで発動しているからだろう。 心の・・・ 宮本百合子 「「健やかさ」とは」
・・・ら、心からその良人の立場を支持し、その肉体と精神とを可能な限り健全な、柔軟性にとんだものとして護ろうとして、野蛮で、恥知らずな検閲の不自由をかいくぐりつつ話題の明るさと、ひろさと、獄外で推移しつつある世態とをさりげない家族通信の裡に映そうと・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・日本の文学が現代の段階までに内包して来ている諸条件と、急速に変化しつつある世態とが、交互に鋭い角度で作用しあって、例えば、行動の価値と文学の本質及びその仕事に従うこととの間に、何か文学が社会的行動でないかのような、文学への献身に確信を失わせ・・・ 宮本百合子 「文学の流れ」
・・・一方には、知性の抑圧せられ勝な息づまる世態への反撥、人間性の主張の一つの形として、肉体的にも精神的にも強く逞しい恋愛の翹望が存在している。これは、磨ぎ澄まされ偏見を脱して輝く精神力や、それを盛るところの疲れを知らず倦怠を知らない原始生命的な・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・ 石田は思い出したように、婆あさんにこう云うことを問うた。世帯を持つとき、桝を買った筈だが、別当はあれで麦を量りはしないかと云うのである。婆あさんは、別当の桝を使ったのは見たことがないと云った。石田は「そうか」と云って、ついと部屋に帰っ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫