・・・納屋の中にはストオヴが一つ、西洋風の机が一つ、それから頭や腕のない石膏の女人像が一つあった。殊にその女人像は一面に埃におおわれたまま、ストオヴの前に横になっていた。「するとその肺病患者は慰みに彫刻でもやっていたのかね。」「これもやっ・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・虻と蚋とは自然の斥候のようにもやもやと飛び廻った。濡れたままに積重ねておいた汚れ物をかけわたした小屋の中からは、あらん限りの農夫の家族が武具を持って畑に出た。自然に歯向う必死な争闘の幕は開かれた。 鼻歌も歌わずに、汗を肥料のように畑の土・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・(といいながら、壁にかけられた石膏こいつに絵の具を塗っておまえの選んだ男の代わりに入れればいいんだよ。たとえば俺がおまえに選ばれたとするね。ほんとうにそうありたいことだが。すると俺は俺の弟となっておまえと夫婦になるんだ。そうしてこいつが俺の・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・樹の根、巌の角、この巌山の切崖に、しかるべき室に見立てられる巌穴がありました。石工が入って、鑿で滑にして、狡鼠を防ぐには、何より、石の扉をしめて祭りました。海で拾い上げたのが巳の日だった処から、巳の日様。――しかし弁財天の御縁日だというので・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 男の児は小さい癖にどうかすると大人の――それも木挽きとか石工とかの恰好そっくりに見えることのある児で、今もなにか鼻唄でも歌いながらやっているように見える。そしていかにも得意気であった。 見ているとやはり勝子だけが一番よけい強くされ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・そして彼らの二人ともが、土に帰る前の一年間を横たわっていた、白い土の石膏の床からおろされたのである。 ――どうして医者は「今の一年は後の十年だ」なんて言うのだろう。 堯はそう言われたとき自分の裡に起こった何故か跋の悪いような感情を想・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・蹄で落葉を蹶散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さなくば夫婦連れで遠乗りに出かけた外国人である。何事をか声高に話しながらゆく村の者のだみ声、それもいつしか、遠ざかりゆく。独り淋しそうに道をいそぐ女の足音。遠く響く砲声。隣の林でだしぬけに起こる・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 右手向うの小高い丘の上から、銃を片手に提げ、片手に剣鞘を握って、斥候が馳せ下りて来た。彼は、銃が重くって、手が伸びているようだった。そして、雪の上にそれを引きずりながら、馳せていた。松木だった。 彼は、息を切らし、中隊長の傍まで来・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 前線から帰ってくる将校斥候はロシヤ人や、ロシアの大砲を見てきたような話をした。「本当かしら?」 和田達多くの者は、麻酔にかかったように、半信半疑になった。「ロシヤが、武器を供給したんだって? 黒龍江軍が抛って逃げた銃を見て・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・あの人はベタニヤのシモンの家で食事をなさっていたとき、あの村のマルタ奴の妹のマリヤが、ナルドの香油を一ぱい満たして在る石膏の壺をかかえて饗宴の室にこっそり這入って来て、だしぬけに、その油をあの人の頭にざぶと注いで御足まで濡らしてしまって、そ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
出典:青空文庫