・・・すると姉や浅川の叔母が、親不孝だと云って兄を責める。――こんな光景も一瞬間、はっきり眼の前に見えるような気がした。「今日届けば、あしたは帰りますよ。」 洋一はいつか叔母よりも、彼自身に気休めを云い聞かせていた。 そこへちょうど店・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ わたしは御不用意を責めるように、俊寛様の御顔を眺めました、ほんとうに当時の御主人は、北の方の御心配も御存知ないのか、夜は京極の御屋形にも、滅多に御休みではなかったのです。しかし御主人は不相変、澄ました御顔をなすったまま、芭蕉扇を使って・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ ところがこの間新蔵が来て以来、二人の関係が知れて見ると、日頃非道なあの婆が、お敏を責めるの責めないのじゃありません。それも打ったりつねったりするばかりか、夜更けを待っては怪しげな法を使って、両腕を空ざまに吊し上げたり、頸のまわりへ蛇を・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・と責めるように申しますから、私はどうなる事でしょうと、可恐しさのあまり、何にも存じませんと、自分にも聞えませんくらい。(何存ぜぬことがあるものか、これはな、お雪、お前の体に使うのだ、これでその病気を復と屹と睨んで言われましたから、私・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・僕は僕のことでも頼んで出来なかったものを責めるような気になっていた。「本統よ、そんなにうそがつける男じゃアないの」「のろけていやがれ、おめえはよッぽどうすのろ芸者だ。――どれ、見せろ」「よッぽどするでしょう?」抜いて出すのを受け・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そして、今、尚お、個人を責めるに苛酷なのではなかろうか。法律がそうであり、教育がそうであり、そして、文芸が、また、そうなのである。しかし、子供の姿を見た者は、疑わずにはいられない。人間から、この純真と無邪気さとを奪ったものは、いったい誰なの・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・二時間ばかり経って、うっとりと眼をあけた女中は、眠っていた間何をされたかさすがに悟ったらしかったが、寺田を責める風もなく、私夢を見てたのかしらと言いながら起ち上ると、裾をかき合せて出て行った。寺田はその後姿を見送る元気もなく、自責の想いにし・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・涙で責めるな!……私はまたしてもカアッとしてしまった。「何だって泣くんだ? これくらいのこと言われたって泣く奴があるか! 意気地なしめ!」「だって……人のことを……猿面だなんて……二人でばかにするんだもの……」と、彼はすすりあげなが・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ら、それで工夫をして、竹がまだ野に生きている中に少し切目なんか入れましたり、痛めたりしまして、十分に育たないように片っ方をそういうように痛める、右なら右、左なら左の片方をそうしたのを片うきす、両方から攻める奴を諸うきすといいます。そうして拵・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 自ら責めるよりほかは無かったが、自ら責めるばかりで済むことでは無い、という思が直に※深く考え居りてか、差当りて何と為ん様子も無きに、右膳は愈々勝に乗り、「故管領殿河内の御陣にて、表裏異心のともがらの奸計に陥入り、俄に寄する数万の敵・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫