・・・きっと子供ながら、その風景にあこがれ、それがしみついて離れず、潜在意識として残っていて、それが、その鎌倉行になってあらわれたのではなかろうかと考え、わが身を、いじらしく存じました。鎌倉に下車してから私は、女にお金を財布ぐるみ渡してしまいまし・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・しかしまたそれだから、大いに泣き、大いに怒りまた笑った顔となりうる潜在能をもった顔である。 それで、巧妙な音楽と人形使いの技術との適当なモンタージュによって、同一の顔がたちまちにして大いに笑い、たちまちにしてまた大いに泣くのである。こう・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・はないかもしれないが、花を生ける人の潜在意識の中に隠れたテーマがあってこそ一瓶の花が生け上げられるのである。そのテーマを表現すべき「言葉」として花と瓶とが選ばれる。花は剪刀でカットされた後に空間的モンタージュを受ける。この際にたとえば青竹送・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・理から考えてみても、考えていたものがただそのままに器械的に文字に書き現わされるのではなくて、むしろ、紙上の文字に現われた行文の惰力が作者の頭に反応して、ただ空で考えただけでは決して思い浮かばないような潜在的な意識を引き出し、それが文字に現わ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ これらは、西鶴一流とは云うものの、当時の日本人、ことに町人の間に瀰漫していて、しかも意識されてはいなかった潜在思想を、西鶴の冷静な科学者的な眼光で観破し摘出し大胆に日光に曝したものと見ることは出来よう。もしもそうでなかったらいかに彼の・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・他人の軽微な苦痛を己が享楽の小杯に盛ろうとする不思議な心理がいかなる善良な人々の心の奧にも潜在することを教えてくれたようである。それから、冒険というものに対する本能的な興味の最初の小さな焔に点火してくれたとも考えられる。 この頃活動写真・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・言語の根本的な相違は別としても国民的潜在意識の相違は如何ともすることが出来ないのである。それにしてもフランス人やロシア人にはいくらかは俳諧の理解があるということは文献に徴して証明することが出来そうである。しかしおそらくアメリカほど「俳諧の世・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・これらの読み物は自分の五体の細胞の一つずつに潜在していた伝統的日本人をよびさまし明るみへ引き出すに有効であった。「絵本西遊記」を読んだのもそのころであったが、これはファンタジーの世界と超自然の力への憧憬を挑発するものであった。そういう意味で・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ 千歳という岬端の村で半日くらい観測した時は、土地の豪家で昼食を食わしてもらった。生来見たことのない不気味な怪物のなますを御馳走になった。それがホヤであった。海へはいって泳いでみたら、恐ろしく冷たいので、ふるえ上がってしまった。そこから・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ さび、しおり、おもかげ、余情等種々な符号で現わされたものはすべて対象の表層における識閾よりも以下に潜在する真実の相貌であって、しかも、それは散文的な言葉では言い現わすことができなくてほんとうの純粋の意味での詩によってのみ現わされうるも・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
出典:青空文庫