・・・ 浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の盥で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア、きょう下界へでさっしゃるなら、京橋の仙女香を、とって来ておくんなんし、これサ乙女や、なによウふざけるのだ、きりきりきょうでえをだしておかねえか。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・続いて、仙女香、江戸の水のひそみに傚って、私が広告を頼まれたのでない事も断っておきたい。 近頃は風説に立つほど繁昌らしい。この外套氏が、故郷に育つ幼い時分には、一度ほとんど人気の絶えるほど寂れていた。町の場末から、橋を一つ渡って、山の麓・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・女はまた一つの青い色の罎を取出しましたから、これから怨念が顕れるのだと恐を懐くと、かねて聞いたとは様子が違い、これは掌へ三滴ばかり仙女香を使う塩梅に、両の掌でぴたぴたと揉んで、肩から腕へ塗り附け、胸から腹へ塗り下げ、襟耳の裏、やがては太股、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・どうです、鵞鳥だからむずかしいので。蟾蜍と改題してはどんなものでしょう。昔から蟾蜍の鋳物は古い水滴などにもある。醜いものだが、雅はあるものだ。あれなら熔金の断れるおそれなどは少しも無くて済む。」 好意からの助言には相違無いが、若崎は侮辱・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 本当の科学を修めるのみならずその研究に従事しようというものの忘るべからざる事は、このような雷同心の芟除にある。換言すれば勉めて旋毛を曲げてかかる事である。如何なる人が何と云っても自分の腑に落ちるまでは決して鵜呑みにしないという事である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・ただ少しばかり現実の可能性を延長した環境条件の中に、少しばかり人間の性情のある部分を変形し、あるいは誇張し、あるいは剪除して作った人造人間を投入して、そうして何事が起こるかを見ようとするのである。ジュリアンの「ほんとうの話」の大法螺でも、夢・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 美くしい絵や、花床や、珠飾りを見ながら、心の中にいつの間にか滑りこんで来る仙女や、木魂や、虫達を相手に、果もない空想に耽っていた、あのときの夢のような心持。 自分がものを覚えるようになった日から続いていた幻の王国の領地で、或るとき・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫