・・・牛乳瓶はここを先途とこぼれ出た。そして子供の胸から下をめった打ちに打っては地面に落ちた。子供の上前にも地面にも白い液体が流れ拡がった。 こうなると彼の心持ちはまた変わっていた。子供の無援な立場を憐んでやる心もいつの間にか消え失せて、牛乳・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 舳櫓の船子は海上鎮護の神の御声に気を奮い、やにわに艪をば立直して、曳々声を揚げて盪しければ、船は難無く風波を凌ぎて、今は我物なり、大権現の冥護はあるぞ、と船子はたちまち力を得て、ここを先途と漕げども、盪せども、ますます暴るる浪の勢に、・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・両親兄弟が同意でなんでお前に不為を勧めるか。先度は親の不注意もあったと思えばこそ、ぜひ斎藤へはやりたいのだ。どこから見たって不足を言う点がないではないか、生若いものであると料簡の見留めもつきにくいが斎藤ならばもう安心なものだ。どうしても承知・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 与二は政元の下で先度の功に因りて大に威を振ったが、兄を討ったので世の用いも悪く、三好筑前守はまた六郎の補佐の臣として六郎の権威と利益とのためには与二の思うがままにもさせず振舞うので、与二は面白くなくなった。 そこで与二は竹田源七、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・歴史小説というものが、この頃おそろしく流行して来たようだが、こころみにその二、三の内容をちらと拝見したら、驚くべし、れいの羽左、阪妻が、ここを先途と活躍していた。羽左、阪妻の活躍は、見た眼にも綺麗で、まあ新講談と思えば、講談の奇想天外にはま・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ ばれない奴等はここを先途とあらゆる組織にもぐり込み、労働者、農民の決定的な勝利を妨げようとする。 農村の集団化の過程で農村における富農とそれにくい下る旧勢力がどんな悪意に満ちた中・貧農の敵であるかを大衆の面前に曝露した。集団農場に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・むしろ、大人気なくあるまいとしたポーズそのもののなかに人間性も人間理性も追いこまれて、それなりに凍結させられ、やがて氷がとけたときとり出された知性は、鮮度を失って、急な温度の変化にあった冷凍物特有の悲しい臭気を放った現実を、大なり小なりわた・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・ もう此処を先途と叫び立てる彼の声に驚かされて、飛び戻って来た雌鴨はまあどんな様子を見た事か! 彼女は第一に、宙を掻いて居る一本の卵色の足を見た。 次には、白黒くピクピクして居る腹をながめ、最後に口をあけハアハア云って叫んで居る・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
出典:青空文庫