・・・良人沼南と同伴でない時はイツデモ小間使をお伴につれていたが、その頃流行した前髪を切って前額に垂らした束髪で、嬌態を作って桃色の小さいハンケチを揮り揮り香水の香いを四辺に薫じていた。知らないものは芸者でもなし、娘さんでもなし、官員さんの奥様ら・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・大隅君の厳父には、私は未だお目にかかった事は無いが、美事な薬鑵頭でいらっしゃるそうで、独り息子の忠太郎君もまた素直に厳父の先例に従い、大学を出た頃から、そろそろ前額部が禿げはじめた。男子が年と共に前額部の禿げ上るのは当り前の事で、少しも異と・・・ 太宰治 「佳日」
・・・万法一に帰す、一いずれの所にか帰すというような禅学の公案工夫に似たものを指定しなければならんようになります。ショペンハウワーと云う人は生欲の盲動的意志と云う語でこの傾向をあらわしております。まことに重宝な文句であります。私もちょっと拝借しよ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・そういう経験をもっていて労働者農民の国ソヴェト同盟の暮しを見たのだから、プロレタリアートの国ソヴェト同盟では、国庫全額負担の失業手当があり、養老保険があり、小学校から大学まで労働者にとっては無料であると語る時、なみなみでない情熱が感じられ、・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・丸の内の宏壮な建物を見てもわかるように、保険会社は富んでいるものだが、現在、生命保険会社の支払い方法は、他殺だと保険金詐欺でない限り普通の病死と同じに全額を支払うことになっているのだそうだ。自殺の場合、契約後一年――三年は全く支払わず、三年・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・ 露伴先生のは、思想がいかにも卓越した、流石は禅学を深くさぐられた先生だけあると思われる。 同じ、馳落を書かれても露伴先生のは、どっかすっきりした禅めいたところがある。 対髑髏 にしても若しあれを紅葉山人が書かれたものとしたら、・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・クラブ 七六四六農民の家 六八二〇――国庫全額負担の小学校―― さて、一九一七年の十月のプロレタリア革命の後、ソヴェト同盟で、子供はどう教育されて行くかということが、世界各国からの、鋭い興味・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ ソヴェト労働法は姙娠した労働婦人に出産前二ヵ月、出産後二ヵ月の給料全額つき休暇を与えるのだ。 雑誌をかりに来てしゃべっていたエレーナが、年若い糖尿病患者の消耗性で輝やいた眼でターニャを見ながら、 ――お産の仕度にいくら貰えるの・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・その頃の金で全額五十円ぐらいであったろうか。予約募集は決して不成功ではなかったにかかわらず、刊行事務はちっとも進行しなかった。一九三三年と云えば、プロレタリア文化運動に集注破壊の向けられた年で、小林多喜二の虐殺は、ファシズム権力の兇猛さで、・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・喰べるものは会社で賄って、働いた給料は、すべての紡績工場で、ほとんど全額を娘さんにわたすところはない。その何パーセントしか渡さない。会社で積立てている。四国の郡是という工場では、去年の秋ごろ、二百三十円前後の収入というのが一番多かった。何百・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
出典:青空文庫