・・・しかしてわれ今再びこの河畔に立ってその泉流の咽ぶを聴き、その危厳のそびゆるを仰ぎ、その蒼天の地に垂れて静かなるを観るなり。日は来たりぬ、われ再びこの暗く繁れる無花果の樹陰に座して、かの田園を望み、かの果樹園を望むの日は再び来たりぬ。 わ・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・胴の間の側に立っているこれもスマートな風体の男が装填発火の作業をする役割である。 艫の方の横木に凭れて立っている和服にマント鳥打帽の若い男がいちばんの主人株らしい、たぶん今日のプログラムを書いてあるらしい紙片を手に持って立っている。その・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・穹窿の如き蒼天は一大玻璃器である。熾烈な日光が之を熱して更に熱する時、冷却せる雨水の注射に因って、一大破裂を来たしたかと想う雷鳴は、ぱりぱりと乾燥した音響を無辺際に伝いて、軈て其玻璃器の大破片が落下したかと思われる音響が、ずしんと大地をゆる・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・粟粒芥顆のうちに蒼天もある、大地もある。一世師に問うて云う、分子は箸でつまめるものですかと。分子はしばらく措く。天下は箸の端にかかるのみならず、一たび掛け得れば、いつでも胃の中に収まるべきものである。 また思う百年は一年のごとく、一年は・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・男性への爆弾というとき、我々若きジェネレーションは、女から女独特の爆発力を加えて装填した爆弾を男に只ぶつけるのではなくて、男にそれを確かと受とめさせ、とって直して、男と女との踵に重い今日の社会的羈絆から諸共に解放されようとする、その役に立て・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
出典:青空文庫