・・・横堀は丈は五尺そこそこの小男で、右の眼尻の下った顔はもう二十九だというのに、二十前後のように見える。いつまでも一本立ち出来ず、孤独な境遇のまま浮草のようにあちこちの理髪店を流れ歩いて来た哀れなみじめさが、ふと幼友達の身辺に漂うているのを見る・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ してみれば、よしんば二十歳そこそこだったとはいえ、女との別れ話に泣きだした時の私は案外幸福だったのかも知れない。取り乱すほど悲しめたのは、今にして想えば、なつかしい想い出である。もっとも、取り乱したのは、一種のジェスチヤだったのかも知・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・三十歳そこそこの若さでだ、阿修羅みたいにそんなに仕事が出来るのはよくない前兆だぞと、今はもう冗談にからかってもギクリともしない。不死身の覚悟が出来ているかのようである。死んだという噂を立てられてから六年になるが、六年の歳月が一人の人間をこん・・・ 織田作之助 「道」
・・・こう後ろから呶鳴りつけられそうな気もされてきて、そこそこに待合室へ引返して「光の中を歩め」を読みおえたが、現在の頼りない気持から、かなり感動を受けた。 ちょうど三月の下旬にはいっていた。が乗客はまだいずれも雪国らしいぎょうさんな風姿をし・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ お絹とお常は吉次の去った後そこそこに陸へ上がり体をふきながら『お常さん、これからちょいと吉さんの宅をのぞいて見ようよ、様子が変だからわたしは気になる。』『明日朝早くにおしよ、お詣りを済ましてすぐまわって見ようよ。あんまり遅くな・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・と言ったきり、そこそこに行ってしまった。「弁公しっかりしな、おれがきっとかたきを取ってやるから。」と親方は言いながら、財布から五十銭銀貨を三四枚取り出して「これで今夜は酒でも飲んで通夜をするのだ、あすは早くからおれも来て始末をしてやる。・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・三人が行き過ぐるや自分は舌打して起ちあがり、そこそこと山を下りて表町に出た。 この上は明日中に何とか処置を着ける積り、一方には手紙で母に今一度十分訴たえてみ、一方には愈々という最後の処置はどうするか妻とも能く相談しようと、進まぬながらも・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・十年そこそこで、廃木となる。梅は実生からだと十年あまりかかって始めて花が咲き実を結びはじめる。が、樹齢は長い。古い大木となって、幹が朽ち苔が生えて枯れたように見えていても、春寒の時からまだまだ生きている姿を見せて花を咲かせる。 早生の節・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・ おげんは姪とこんな言葉をかわして、そこそこに退院の支度をした。自分でよそゆきの女帯を締め直した時は次第に心の昂奮を覚えた。「もうお俥も来て待っておりますよ。そんなら小山さん、お気をつけなすって」 という看護婦長の声に送られて、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・銀行へ行くことも止め、他の会社に人を訪ねることも止め、用達をそこそこに切揚げて、車はそのまま根岸の家の方へ走らせることにした。 大塚さんが彼女と一緒に成ったに就いては、その当時、親戚や友人の間に激しい反対もあった。それに関らず彼は自分よ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
出典:青空文庫