・・・自分は天の冥加に叶って今かく貴い身にはなったが、氏も素性もないものである、草刈りが成上ったものであるから、古の鎌子の大臣の御名を縁にして藤原氏になりたいものだ。というのは関白になろうの下ごころだった。すると秀吉のその時の素ばらしい威勢だった・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・あらゆる記憶が若草のように蘇生る時だ。楽しい身体の熱は、妙に別れた妻を恋しく思わせた。 夕飯の頃には、針仕事に通って来ている婦も帰って行った。書生は電話口でしきりとガチャガチャ音をさせていた。電燈の点いた食堂で、大塚さんは例の食卓に対っ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ずるい弟は、全く蘇生の思いで、その兄の後を、足が地につかぬ感じで、ぴょんぴょん附いて歩いた。 A新聞社の前では、大勢の人が立ちどまり、ちらちら光って走る電光ニュウスの片仮名を一字一字、小さい声をたてて読んでいる。兄も、私も、その人ごみの・・・ 太宰治 「一燈」
・・・ その撮影が、どうにか一くぎりすんで、男爵は、蘇生の思いであった。むし熱い撮影室から転げるようにして出て、ほっと長大息した。とっぷり日が暮れて、星が鈍く光っている。「新やん。」うしろから、低くそう呼ばれて、ふりむくと、いままで髭の男・・・ 太宰治 「花燭」
・・・この茶店の床几の上に、あぐらをかけば、私は不思議に蘇生するのである。その床几の上に、あぐらをかいて池の面を、ぼんやり眺め、一杯のおしるこ、或は甘酒をすするならば、私の舌端は、おもむろにほどけて、さて、おのれの思念開陳は、自由濶達、ふだん思っ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・薔薇は蘇生した。ゆっくり真紅含羞の顔をあげて、私の、ずるい、平気な笑顔を見つけて、小娘のような無染の溜息、それでも、「むずかしいのねえ、ありがとう。」とかしこい一言、小声でいうのを忘れなかった。そうして、わかれた。一万五千円の学費つかって、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ 不思議な蘇生の場面であった。 長火鉢へだてて、老母は瀬戸の置き物のように綺麗に、ちんまり坐って、伏目がち、やがて物語ることには、――あれは、わたくしの一人息子で、あんな化け物みたいな男ですが、でも、わたくしは信じている。あれの父親・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・けれども王子の、無邪気な懸命の祈りは、神のあわれみ給うところとなり、ラプンツェルは、肉感を洗い去った気高い精神の女性として蘇生した。王子は、それに対して、思わずお辞儀をしたくらいである。ここだ。ここに、新しい第二の結婚生活がはじまる。曰く、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 「もうすぐそこだ。それ向こうに丘が見えるだろう。丘の手前に鉄道線路があるだろう。そこに国旗が立っている、あれが新台子の兵站部だ」 「そこに医師がいるでしょうか」 「軍医が一人いる」 蘇生したような気がする。 で、二人に・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ その下の棚に青い釉薬のかかった、極めて粗製らしい壷が二つ三つ塵に埋れてころがっているのを拾い上げて見た。実に粗末なものではあるが、しかし釉の色が何となく美しく好もしいので試しに値を聞くと五拾銭だという。それでは一つ貰いましょうと云って・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
出典:青空文庫