・・・ 一方、白崎も何となくそわそわと探したい人があった。が、その人は京都に住んでいる声楽家だというだけで、まるで見当がつかなかった。 そして、月日が流れた。明日 大阪駅の前に、ずらりと並んだ靴磨きの群れ、その中に赤井はミ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・女らしかった。そわそわとそのあたりを見廻しながら、改札口を出て暫く佇んでいたが、やがてまた引きかえして新吉の傍へ寄って来た。四十位のみすぼらしい女で、この寒いのに素足に藁草履をはいていた。げっそりと痩せて青ざめた顔に、落ちつきのない表情を泛・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ すかさず訊くと、戸沢図書虎先生は雲の上でそわそわとされているらしく、「忍術とは、ええと、忍術とは、ええ、忍、忍、忍……と。うむ、よき洒落が出て来ぬわい。えい、面倒じゃ。ゴロ合わせはこれまで。雷が待っておる。佐助よ、さらばじゃ」・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ 小僧はこう言ったが、いかにもそわそわしていて、耕吉の傍から離れたい風だったので、「そうか、それはよかった。……これでパンでも買え」と言って、十銭遣った。そしてあれからどうしたかということは訊かずに離れてしまった。 が耕吉が改札して・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・婦はこんなことをそわそわ言ってのけて、忙しそうに揉手をしながらまた眼をそらす。やっと銀貨が出て婦は帰って行った。 やがて幕があがった。 日本人のようでない、皮膚の色が少し黒みがかった男が不熱心に道具を運んで来て、時どきじろじろと観客・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・製作物を出した生徒は気が気でない、皆なそわそわして展覧室を出たり入ったりしている。自分もこの展覧会に出品するつもりで画紙一枚に大きく馬の頭を書いた。馬の顔を斜に見た処で、無論少年の手には余る画題であるのを、自分はこの一挙に由て是非志村に打勝・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・人々はそわそわし初めた、ただ今井の叔父さんは前後不覚の体である。 僕は戸外へ飛びだした。夜見たよりも一段、蕭条たる海辺であった。家の周囲は鰯が軒の高さほどにつるして一面に乾してある。山の窪みなどには畑が作ってあってそのほかは草ばかりでた・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・絶えずキョトキョトして、そわそわして安んじないばかりか、心に爛たところが有るから何でもないことで妻に角立った言葉を使うことがある。無言で一日暮すこともあり、自分の性質の特色ともいうべき温和な人なつこいところは殆ど消え失せ、自分の性質の裏とも・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・そしてなんとなくそわそわしている。 三十の年に恩人の無理じいに屈して、養子に行き、養子先の娘の半気違いに辛抱しきれず、ついに敬太郎という男の子を連れて飛びだしてしまい、その子は姉に預けて育ててもらう、それ以後は決して妻帯せず、純然たるひ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・おとといの晩はめずらしいお客が三人、この三鷹の陋屋にやって来ることになっていたので、私は、その二三日まえからそわそわして落ちつかなかった。一人は、W君といって、初対面の人である。いやいや、初対面では無い。お互い、十歳のころに一度、顔を見合せ・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
出典:青空文庫