・・・ たんとそんなことをおっしゃいまし。綱雄さんが来たらば言っつけて上げるからいい。ほんとに憎らしい父様だよ。と光代はいよいよむつかる。いやはや御機嫌を損ねてしもうた。と傍の空気枕を引き寄せて、善平は身を横にしながら、そうしたところを綱雄に・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・と、樋口はさびしい笑いをもらしてちょっと振り向きましたが、すぐまた、下を向いてしまいました、 なぜかおッ母さんは、泣き面です、そして私をしかるように「窪田さん、そんなものをごらんになるならあっちへ持っていらっしゃい」「いいかい君、」・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・何故ならそれだと夫婦生活の黄金時代にあったときにも、その誓いも、愛撫も、ささやきも、結局そんな背景のものだったのかと思えるからだ。 権利思想の発達しないのは、東洋の婦人の時代遅れの点もあろうが、われわれはアメリカ婦人のようなのが、婦人と・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
いろ/\なものを読んで忘れ、また、読んで忘れ、しょっちゅう、それを繰りかえして、自分の身についたものは、その中の、何十分の一にしかあたらない。僕はそんな気がしている。がそれは当然らしい。中には、毒になるものがあるし、また、・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・なんぞという英物が出て来る、「乃公はそんなら本紀列伝を併せて一ト月に研究し尽すぞ」という豪傑が現われる。そんな工合で互に励み合うので、ナマケル奴は勝手にナマケて居るのでいつまでも上達せぬ代り、勉強するものはズンズン上達して、公平に評すれば畸・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・私は何べんも頭をさげて、親としての監督の不行届を平あやまりにあやまって連れてきました。二度目かに娘は「お前はまだレポーターか」って、ケイサツでひやかされて口惜しかったといっていました。私はそんなことを口惜しがる必要はない。早く出て来てくれて・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・内儀「そんな事を云っていらしっては困ります、何処へでも忠実にお歩きあそばせば、御贔屓のお方もいかいこと有りまして来い/\と仰しゃるのにお出でにもならず、実に困ります、殊に日外中度々お手紙をよこして下すった番町の石川様にもお気の毒様で、食・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・其日々々の勤務――気圧を調べるとか、風力を計るとか、雲形を観察するとか、または東京の気象台へ宛てて報告を作るとか、そんな仕事に追われて、月日を送るという境涯でも、あの蛙が旅情をそそるように鳴出す頃になると、妙に寂しい思想を起す。旅だ――五月・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・無論実行の瞬間はそんなことを思うと限るものでないから、ただ伝襲の善悪観念でやっていることが多い。けれどもそれは盲目の道徳、醒めない道徳たるに過ぎぬ。開眼して見れば、顔を出して来るものは神でも仏でもなくして自己である。だから自己がすなわち神で・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・それだからその圧を加えられて、ぽうっとしてよろめきながら歩いているのである。そんな風であるから、どうして外の人の事に気を留める隙があろう。自分と一しょに歩いているものが誰だということをも考えないのである。連とはいいながら、どの人をも今まで見・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫