・・・雨は膚まで沁み徹ってぞくぞく寒かった。彼れの癇癪は更らにつのった。彼れはすたすたと佐藤の小屋に出かけた。が、ふと集会所に行ってる事に気がつくとその足ですぐ神社をさして急いだ。 集会所には朝の中から五十人近い小作者が集って場主の来るのを待・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 先刻から、ぞくぞくして、ちりけ元は水のような老番頭、思いの外、女客の恐れぬを見て、この分なら、お次へ四天王にも及ぶまいと、「ええ、さようならばお静に。」「ああ、御苦労でした。」と、いってすッと立つ、汽車の中からそのままの下じめ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「何だかぞくぞくするようね、悪い陽気だ。」 と火鉢を前へ。「開ッ放しておくからさ。」「でもお民さん、貴女が居るのに、そこを閉めておくのは気になります。」 時に燈に近う来た。瞼に颯と薄紅。 二 ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・が、一々、ぞくぞく膚に粟が立った。けれども、その婦人の言う、謎のような事は分らん。 そりゃ分らんが、しかし詮ずるに火事がある一条だ。(まるで嘘とも思わんが、全く事実じゃなかろう、ともかく、小使溜 額を撫でて見ると熱いから、そこで・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・あすこいら一帯に、袖のない夜具だから、四布の綿の厚いのがごつごつ重くって、肩がぞくぞくする。枕許へ熱燗を貰って、硝子盃酒の勢で、それでもぐっすり疲れて寝た。さあ何時頃だったろう。何しろ真夜半だ。厠へ行くのに、裏階子を下りると、これが、頑丈な・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・もっとも宿を出る時、外套はと気がさしたが、借りて着込んだ浴衣の糊が硬々と突張って、広袖の膚につかないのが、悪く風を通して、ぞくぞくするために、すっぽりと着込んでいるのである。成程、ただ一人、帽子も外套も真黒に、畑に、つッくりと立った処は、影・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・俺でさえぞくぞくする、病人はなおの事ッた、お客様ももう御寝なりまし、お鉄や、それ。」 と急遽して、実は逃構も少々、この臆病者は、病人の名を聞いてさえ、悚然とする様子で、 お鉄(此奴あ念を入れて名告は袖屏風で、病人を労っていたのであり・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・一雫も酔覚の水らしく、ぞくぞくと快く胸が時めく…… が、見透しのどこへも、女の姿は近づかぬ。「馬鹿な、それっきりか。いや、そうだろう。」 と打棄り放す。 大提灯にはたはたと翼の音して、雲は暗いが、紫の棟の蔭、天女も籠る廂から・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ その部屋には、はじめは武田さんと私の二人切りだったが、暫くすると雑誌や新聞の記者がぞくぞくと詰めかけて来て、八畳の部屋が坐る場所もないくらいになった。彼等は居心地が良いのか、あるいは居坐りで原稿を取るつもりか、それとも武田さんの傍で時・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・変にこう身体がぞくぞくしてくるんで、『お出でなすったな』と思っていると、背後から左りの肩越しに、白い霧のようなものがすうっと冷たく顔を掠めて通り過ぎるのだ。俺は膝頭をがたがた慄わしながら、『やっぱし苦しいと見えて、また出やがったよ』と、泣笑・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫