・・・ちょうど県下に陸軍の大演習があって、耕吉の家の前の国道を兵隊やら馬やらぞろぞろ通り過ぎていた。そうしたある朝耕吉は老父の村から汽車に乗り、一時間ばかりで鉱山行きの軽便鉄道に乗替えた。 例の玩具めいた感じのする小さな汽罐車は、礦石や石炭を・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・その出品は重に習字、図画、女子は仕立物等で、生徒の父兄姉妹は朝からぞろぞろと押かける。取りどりの評判。製作物を出した生徒は気が気でない、皆なそわそわして展覧室を出たり入ったりしている。自分もこの展覧会に出品するつもりで画紙一枚に大きく馬の頭・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 午後三時過ぎて下町行の一行はぞろぞろ帰宅って来た。一同が茶の間に集まってがやがやと今日の見聞を今一度繰返して話合うのであった。お清は勿論、真蔵も引出されて相槌を打って聞かなければならない。礼ちゃんが新橋の勧工場で大きな人形を強請って困・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・と名を付けたところへ出ると、方々の官省もひける頃で、風呂敷包を小脇に擁えた連中がぞろぞろ通る。何等の遠い慮もなく、何等の準備もなく、ただただ身の行末を思い煩うような有様をして、今にも地に沈むかと疑われるばかりの不規則な力の無い歩みを運びなが・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・二日三日なぞはその中をいろいろのあわれなすがたをした人たちがおしおしになって、ぞろぞろ流れうごいていました。いずれも一時のがれにあつまっていたところから、それぞれのつてをもとめていったり、地方へにげ出すつもりで、日暮里や品川のステイションな・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・町中のものは大山のような大きな大きな大男が来たのでびっくりして、わいわい言いながら、みんなでぞろぞろ後へついていきました。ぶくぶくは広場へ来ると、「さあ、みんなどけどけ、あぶないぞ/\。」と言いながら、大通りにたかっている人を追いはらい・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・ 外はぞろぞろ人の流れ、たいへんでございます。押し合い、へし合い、みんな一様に汗ばんで、それでもすまして、歩いています。歩いていても、何ひとつ、これという目的は無いのでございますが、けれども、みなさん、その日常が侘びしいから、何やら、ひ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・やがてバスは駅前の広場に止り、ぞろぞろ人が降りて、と見ると佐吉さんが白浴衣着てすまして降りました。私は、唸るほどほっとしました。 佐吉さんが来たので、助かりました。その夜は佐吉さんの案内で、三島からハイヤーで三十分、古奈温泉に行きました・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ 褐色の道路を、糧餉を満載した車がぞろぞろ行く。騾車、驢車、支那人の爺のウオウオウイウイが聞こえる。長い鞭が夕日に光って、一種の音を空気に伝える。路の凸凹がはげしいので、車は波を打つようにしてガタガタ動いていく。苦しい、息が苦しい。こう・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・それをまた組立てて綱渡りをさせるのが自分の責任だがどうしたらよいかと思い惑っていると、周囲のラウベンコロニーの青い小屋からドイツ人の男女がぞろぞろ出て来た。 なんだかこんな風な夢であったのですが、今この新短歌を読んでいると、不思議にこの・・・ 寺田寅彦 「御返事(石原純君へ)」
出典:青空文庫