・・・こんどは低く、呟くように、その興覚めの言葉を、いかにも自分ながら、ほとほとこれは気のきかない言葉だと自覚しているように、ぞんざいに言った。紺の印半纏を裏がえしに着ている。その下に、あずき色のちょっと上等なメリヤスのシャツ。私の変に逆上せてい・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・お金をずいぶん欲しがっているくせに、わざとぞんざいに扱ってみせて、こんなものは紙屑同然だとおっしゃる、罰が当りますよ、どんなお札にだって菊の御紋が付いているんですよ、でもまあ、そうしてお金だけで事をすましてくれるお百姓さんはまだいいほうで、・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・一体にその頃の消印ははっきりしていたが、近頃のは捺し方がぞんざいで不明なのが多いような気がする。こんな些末なところにも現代の慌だしさが出ているかもしれないと思われる。 もう一つの子規自筆の記念品は、子規の家から中村不折の家に行く道筋を自・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・それが大変に丁寧な言葉を遣っているのに対して女学生の言葉が思いの外にぞんざいである。問答ばかりでなかなか容易には肝心の針の方に手が行かない。対話の末に、今日の四時何十分とかに出発する人々に贈るのだということがわかってからやっと針が動き始めて・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・こしらえ方がきわめてぞんざいであるから少し使うとすぐにぐあいが悪くなる。それを念入りに調節して器械としての鋭敏さを維持する事はそういうあたまのない女中などには到底望み難い仕事である。私はこのような間に合わせの器械を造る人にも、それを平気で使・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ いくら、ぞんざいにあつかって居るからってやっぱり惜しい気がする。 惜しいと思う気持が段々妙に淋しい心になって来る。 細かい「ふけ」が浮いた抜毛のかたまりが古新聞の上にころがって、時々吹く風に一二本の毛が上の方へ踊り上ったり靡い・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・オペラ物らしくぞんざいで、色ばかり塗りたくってある。 経済的理由で、唯一晩の興行に、できる丈間に合わせをやったとしても、相当美しく、情緒を湛えてラネフスカヤがそこに再び母を見、自分の青春を見、涙さえこぼす桜の園が、窓からどんなに見えてい・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ ベルリンでスカラ座のカルメンを見たとき、スカラとも云われるものが、あんまり群集をぞんざいに扱っているのにおどろいた。合唱こそしているが群集の男女の気分もバラバラ、眼のつけどころもバラバラ、いかにも、はい、わたしの役割はこうして歌うだけ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ いろいろ言葉に綾をつけながら、わざと早口に、ぞんざいな物云いをする番頭は、彼の妙にピカピカする黒足袋を珍らしがって共が首を延すたんびに、さも気味悪そうに下駄をバタバタやっては追い立てる。 がはあおっかねえとは…… 心の内でびっ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 二階に居る時 ヘリのないぞんざいな畳には、首人形がいっぱいささって夢□(の紙治、切られ与三、弁天小僧のあの細い線の中にふるいつきたい様ななつかしい気分をもって居る絵葉書は大切そうに並んで居る。京の舞子の紅の振、玉虫・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫