・・・敵の赤児を抱いた樋口大尉が、突撃を指揮する所もあった。大勢の客はその画の中に、たまたま日章旗が現れなぞすると、必ず盛な喝采を送った。中には「帝国万歳」と、頓狂な声を出すものもあった。しかし実戦に臨んで来た牧野は、そう云う連中とは没交渉に、た・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・現に指揮官のM大尉なぞは、この隊の先頭に立った時から、別人のように口数の少い、沈んだ顔色をしているのだった。が、兵は皆思いのほか、平生の元気を失わなかった。それは一つには日本魂の力、二つには酒の力だった。 しばらく行進を続けた後、隊は石・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ここにその任命を公表すれば、桶屋の子の平松は陸軍少将、巡査の子の田宮は陸軍大尉、小間物屋の子の小栗はただの工兵、堀川保吉は地雷火である。地雷火は悪い役ではない。ただ工兵にさえ出合わなければ、大将をも俘に出来る役である。保吉は勿論得意だった。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・そこで、大意を支那のものを翻訳したらしい日本文で書いて、この話の完りに附して置こうと思う。但し、これは、李小二が、何故、仙にして、乞丐をして歩くかと云う事を訊ねた、答なのだそうである。「人生苦あり、以て楽むべし。人間死するあり、以て生く・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・体操の教官――ある陸軍大尉はいつも僕らには厳然としていた。が、実際の機動演習になると、時々命令に間違いを生じ、おお声に上官に叱られたりしていた。僕はいつもこの教官に同情したことを覚えている。 四四 渾名 あらゆる東京・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・君がこうやッて村立尋常小学校の校長それも最初はただの教員から初めて十何年という長い間、汲々乎として勤めお互いの朋輩にはもう大尉になッた奴もいれば法学士で判事になった奴もいるのを知らん顔でうらやましいとも思わず平気で自分の職分を守っている。も・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 思えば母が大意張で自分の金を奪い、遂に自分を不幸のドン底まで落したのも無理はない。自分達夫婦は最初から母に呑れていたので、母の為ることを怒り、恨み、罵ってはみる者の、自分達の力では母をどうすることも出来ないのであった。 酒を飲まな・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・また最近の支那事変で某陸軍大尉の夫人が戦死した夫の跡を追い海に入って生命を捨てた事実は記憶に新しい。その戦死した夫の遺書には、「再婚せんと欲すれば再婚も可なり。此の世に希望なくば潔く自決すべし」と書いてあった。そして未亡人は・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・そして郷土の近くの士族の息子が大尉になっているのを、えらいもののように思いこまされた。 しかし、大尉が本当にえらいか? 乃木大将は誰のために三万人もの兵士たちを弾丸の餌食として殺してしてしまったか? そして、班長のサル又や襦袢の洗濯・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
懐古園の城門に近く、桑畠の石垣の側で、桜井先生は正木大尉に逢った。二人は塾の方で毎朝合せている顔を合せた。 大尉は塾の小使に雇ってある男を尋ね顔に、「音はどうしましたろう」「中棚の方でしょうよ」桜井先生が答えた・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫