・・・伺って、おとなしい素直な、いい子という事になって、せっせとお手本の四君子やら、ほてい様やら、朝日に鶴、田子の浦の富士などを勉強いたし、まだまだ私は駄目ですと殊勝らしく言って溜息をついてみせて、もっぱら大過なからん事を期しているというような状・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・先を敬するの念厚く、亡父の命日にはお墓の掃除などして、大学の卒業証書は金色の額縁にいれて母の寝間の壁に飾り、まことにこれ父母に孝、兄弟には友ならず、朋友は相信ぜず、お役所に勤めても、ただもうわが身分の大過無きを期し、ひとを憎まず愛さず、にこ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ と、そこまでは、まず大過なかったのであるが、「けれども」と続けて一枚くらい書きかけ、これあいけないと、あわてて破った。もう、そのすぐ次に、うかと大事をもらすところであったのである。 一つ、書きたい短篇小説があるのである。そいつを書・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・なる小説は、ほとんど事実そのままと断じても大過ないかと思われる。私は、おのれの意気地の無い日常をかえりみて、つくづく恥ずかしく淋しく思った。かなわぬまでも、やってみたらどうだ。お前にも憎い敵が二人や三人あった筈ではないか。しかるに、お前はい・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・すべて、みな、この憂さに沈むことの害毒を人一倍知れる心弱くやさしき者の自衛手段と解して大過なかるべし。われ、事に於いて後悔せず、との菊池氏の金看板の楯の弱さにも、ふと気づいて、地上の王者へ、無言で一杯のミルクささげてやって呉れる決意ついたら・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ロレンツのごとき優れた老大家は疾くからこの問題に手を附けて、色々な矛盾の痛みを局部的の手術で治療しようとして骨折っている間に、この若い無名の学者はスイスの特許局の一隅にかくれて、もっともっと根本的な大手術を考えていた。病の根は電磁気や光より・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・しかしこの全責任を負わされてはこれらの大家たちはおそらく泉下に瞑する事ができまい。少なくも責任の半分以上は彼らのオーソリティに盲従した後進の学徒に帰せなければなるまい。近ごろ相対原理の発見に際してまたまたニュートンが引き合いに出され、彼の絶・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・何でも鵜呑みにしては消化されない、歯の咀嚼能力は退化し、食ったものは栄養にならない。しかるに如何なる案内者といえども絶対的に誤謬のないという事は保証し難い。仮りに如何に博学多識の学者を案内として名所見物をするとしても、その人の所説にはそれぞ・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかもその家が、火事を起し蔓延させるに最適当な燃料で出来ていて、その中に火種を用意してあるのだから、これは初めから地震に因る火災の製造器械を据付けて待っているようなものである。大火が起れば旋風を誘致して焔の海となるべきはずの広場に集まってい・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・はあたりまえである、しかもその家が、火事を起こし蔓延させるに最適当な燃料でできていて、その中に火種を用意してあるのだから、これは初めから地震に因る火災の製造器械をすえ付けて待っているようなものである。大火が起これば旋風を誘致して炎の海となる・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
出典:青空文庫