・・・昔々モスクワ大公が金糸の刺繍でガワガワな袍の裾を引きずりながら、髯の長い人民を指揮してこしらえた中世紀的様式の城壁ある市だ。現代СССРの勤労者が生産に従事し新しい生活様式をつくりつつある工場、クラブと、住んで、そこで石油コンロを燃している・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・「帝国主義トファッシズムニ対抗セヨ」赤いプラカート。 戸のしまった種々な研究室が並んでる。が、日本女はモスクワ一大きい鉄道従業員組合のクラブで、今廊下の見学してはいられないんだ。監督を見つけ出さなければならない。今夜の催しのために、彼女・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 旧ウラジーミル大公の家の大きい二つの窓の下をネ河が流れている。はやく流れている。どこを見わたしても船一艘ない水ばかりがひろく、はやく流れている。 むこうで遠く水に洗われているペテロパヴロスク要塞の灰色の低い石垣が見える。先が尖って・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 日本のようについさきごろまで中世的絶対主義が支配していた国、ファシズムに対抗する人民の自主的結集のなかった国柄のところでは、今日、再燃するファシズムとバランス上からも、レフティストの存在は必要である。このことを一般は現実問題として理解・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・勤労人民の組織的な生活向上のためにそれだけ努力する党が、日本の他のどの既成政党ももたない文化政策の大綱を公表していることも自然である。そして世界の各民主国家が、その民主的進展の歴史的段階に応じて、それぞれの経験と成果とを研究しあい摂取しあう・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・このことは、市場としてのジャーナリズムの上をほとんど独占しているかのように見える、直木三十五などを筆頭とする大衆文学と陸軍新聞班を中心として三上於菟吉などがふりまくファッシズム文学とに対抗してあげられたブルジョア純文学作家たちの気勢であった・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 自分は仕合わせに、不正だと思ったことには、どこまでも対抗して行く力を与えられている。その反抗に対して機嫌を損じる者があれば、いくらあっても、自分はちっとも恐ろしくはないと思っていられる。けれども……。彼女はほんとに興奮せずにはいられな・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・文学者の力量は文学者として十分生活上の経済的基盤を与えるし、そのことは作家の思想性をも確立させ、強大な出版企業に対抗するだけの社会性を身にそなえたものとして来ているかと思える。 日本の作家の事情は、少くともこれまでは、中途半端であった。・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・すぐとびおきて私は、退紅色と紅の古い紙に包んだ鏡と、歌と、髪の毛をもってあの人の家にかけて行った。あの人はよそに出て居た。それを縁側に置いて、「身を大切にする様に、 自分を大切なものに思う様に、 勉強する様に」と伯父さんに口・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
私の部屋の前にかなり質の好い紅葉が一本ある。 気がつかないで居て今日見るとめっきり色附いて、品の好い褪紅色になって槇の隣りにとびぬけた美くしさで輝いて居る。 今畳屋が入って居るので家中、何となし新らしい畳特有の香り・・・ 宮本百合子 「通り雨」
出典:青空文庫