・・・そのマシン油たるや、充分に運転しているジャックハムマーの、蝶バルブや、外部の鉄錆を溶け込ませているのであったから、それは全く、雪と墨と程のよい対照を為した。 印度人の小作りなのが揃って、唯灰色に荒れ狂うスクリーンの中で、鑿岩機を運転して・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ おまけに、明治が大正に変わろうとする時になると、その中学のある村が、栓を抜いた風呂桶の水のように人口が減り始めた。残っている者は旧藩の士族で、いくらかの恩給をもらっている廃吏ばかりになった。 なぜかなら、その村は、殿様が追い詰めら・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 本田家は、それが大正年間の邸宅であろうとは思われないほどな、豪壮な建物とそれを繞る大庭園と、塀とで隠して静に眠っているように見えた。 邸宅の後ろは常磐木の密林へ塀一つで、庭の続きになっていた。前は、秋になると、大倉庫五棟に入り切れ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・徹頭徹尾、今の婦人と今の男子とを相対照して今の関係にあらしむるは、我輩のあくまでも悦ばざる所なれども、眼を転じて一方より考うれば、本来物の高低・強弱・大小等は相対の関係にして絶対の義にあらず。高きものあればこそ低きものもあり、強大あればこそ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・普通に子供の画く大将絵も画けなかった。この頃になって彩色の妙味を悟ったので、彩色絵を画いて見たい、と戯れにいったら、不折君が早速絵具を持って来てくれたのは去年の夏であったろう。けれどもそれも棚にあげたままで忘れて居た。秋になって病気もやや薄・・・ 正岡子規 「画」
・・・今試みに蕪村の句をもって芭蕉の句と対照してもって蕪村がいかに積極的なるかを見ん。 四季のうち夏季は最も積極なり。ゆえに夏季の題目には積極的なるもの多し。牡丹は花の最も艶麗なるものなり。芭蕉集中牡丹を詠ずるもの一、二句に過ぎず。その句また・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・それなら僕はもう大将になったんですか」 おっかさんもうれしそうに、 「まあそうです」と申しました。 ホモイが悦んで踊りあがりました。 「うまいぞ。うまいぞ。もうみんな僕のてしたなんだ。狐なんかもうこわくもなんともないや。おっ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 大正十二年十二月二十日宮沢賢治 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』序」
・・・器械的に対称の法則にばかり叶っているからってそれで美しいというわけにはいかないんです。それは死んだ美です。」「全くそうですわ。」しずかな樺の木の声がしました。「ほんとうの美はそんな固定した化石した模型のようなもんじゃないんです。対称・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・元来食物の味というものはこれは他の感覚と同じく対象よりはその感官自身の精粗によるものでありまして、精粗というよりは善悪によるものでありまして、よい感官はよいものを感じ悪い感官はいいものも悪く感ずるのであります。同じ水を呑んでも徳のある人とな・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫