・・・何でもその意味は長い間、ピストル強盗をつけ廻しているが、逮捕出来ないとか云うのだった。それから人影でも認めたのか、彼は相手に見つからないため、一まず大川の水の中へ姿を隠そうと決心した。そうして後の黒幕の外へ、頭からさきに這いこんでしまった。・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・それを発見した夜警中の守衛は単身彼等を逮捕しようとした。ところが烈しい格闘の末、あべこべに海へ抛りこまれた。守衛は濡れ鼠になりながら、やっと岸へ這い上った。が、勿論盗人の舟はその間にもう沖の闇へ姿を隠していたのである。「大浦と云う守衛で・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ 日本の文壇というものは、一刀三拝式の心境小説的私小説の発達に数十年間の努力を集中して来たことによって、小説形式の退歩に大いなる貢献をし、近代小説の思想性から逆行することに於ては、見事な成功を収めた。 人間の努力というものは奇妙なも・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・妖艶な彼女が品川の旅館で逮捕された時、号外が出て、ニュースカメラマンが出動した。いわば一代の人気女であったが、彼女はこの人気を閨房の秘密をさらけ出すことによって獲得した。さらけ出された閨房は彼女の哀れさの極まりであったが、同時に喜劇であった・・・ 織田作之助 「世相」
・・・働かない婦人はだんだんと頭と心の動きと美しさとにおいて退歩しつつあるように見える。女優や、音楽家や、画家、小説家のような芸術的天分ある婦人や、科学者、女医等の科学的才能ある婦人、また社会批評家、婦人運動実行家等の社会的特殊才能ある婦人はいう・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・そのために、逮捕せられ、あらゆるひどい拷問に付せられたが、共犯者を白状しなかった。 以上は、「義人ジミー」のホンの荒筋である。枚数が長くなることが気になって非常に不完全にしか書けなかった。 こゝには、インタナショナルの精神と、帝国主・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・進歩していない、というと悪く聞えますが、退歩していないと言い直したらどうでしょう。退歩しないという事は、之はよほどの事なのです。 修業という事は、天才に到る方法ではなくて、若い頃の天稟のものを、いつまでも持ち堪へる為にこそ、必要なのです・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・もう僕も、今夜かぎりで君と逢えないかも知れませんが、けれども一身の危険よりも僕にはプロパガンダのほうが重大事です。逮捕される一瞬前まで、僕はプロパガンダを怠る事が出来ない。」やはり低い声で、けれども一語の遅滞もなく、滔滔と述べはじめる。勝治・・・ 太宰治 「花火」
・・・東京市民と江戸町人と比べると、少なくも火事に対してはむしろ今のほうがだいぶ退歩している。そうして昔と同等以上の愚を繰り返しているのである。 昔の為政者の中にはまじめに百年後の事を心配したものもあったようである。そういう時代に、もし地震学・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・を筆するときは又一と時代退歩して、ペンとそうしてペン軸の旧弊な昔に逆戻りをした。其時余は始めて離別した第一の細君を後から懐かしく思う如く、一旦見棄たペリカンに未練の残っている事を発見したのである。唯のペンを用い出した余は、印気の切れる度毎に・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
出典:青空文庫