・・・その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが、ツイ荒い物言いもするが、夫はいよいよ怒るとなると、勘高い声で人の胸にささるような口をきくのも止めてしまって、黙って何も言わなくなり、こちらに対って眼は開・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・着物をきて、高い小さい鉄棒のはまった窓を見上げているのかと思うと、急に何かゞ胸にきた。――母親は貧血を起していた。「ま、ま、何んてこの塀! とッても健と会えなくなった……」 仕方なくお安だけが面会に出掛けて行った。しばらくしてお安が・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・というは、隣家にめぐらしてある高いトタン塀から来る反射が、まともにわたしの家の入口の格子をも露地に接した窓をも射るからであった。わたしはまだ日の出ないうちに朝顔に水をそそぐことの発育を促すに好い方法であると知って、それを毎朝の日課のようにし・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・その中で、『他界に対する観念』は、北村君の宗教的な、考え深い気質をよく現わしたものである。それから国民の友の附録に、『宿魂鏡』という小説を寄稿した事があったが、あれは自分で非常に不出来だったと云って、透谷の透の字を桃という字に換えて、公けに・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・山のよほど高い処にあるのである。その牧場が好く見える。木が一本一本見分けられる。忽ちまた真向うの、石を斫り出す処の岩壁が光り出した。それが黄いろい、燃え上がっている石の塀のように見える。それと同時に河に掛かっている鉄の船も陸に停まっている列・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ ところが、その家には窓が一つもなくて、ただ屋根の下の、高いところに戸口がたった一つついているきりです。その戸口には錠がかかっています。双親は、どうしてこんな家がひょっこり建ったのだろうとふしぎでたまりませんでした。ウイリイは、「こ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・にしようと思っただけで、即座にちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見るにつけ、そのおい先を考えると、ワン、ツー、スリー、拡大のガラスからのぞきさえすれば、見るまに背の高い、育ち上がったみごとな大男になってし・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・物かげでは、母が高い声を出して娘を諭し、人々の前に出す迄に、スバーの涙を一層激しくしました。来た偉い人は、長い間、彼女をじいっと見た揚句、「そんなに悪くもない。」と思いました。 彼は、スバーの涙に特別な注意を払い、彼女が優しい心・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・あの本には、なんでも皆、書かれて在るんだけれど、いまは泣きたくなって、舌もつれ、胴ふるえて、悲鳴に似たかん高い声を挙げ、「要するに。」きょうだいたちは、みな一様にうつむいて、くすと笑った。「要するに、」こんどは、ほとんど泣き声である・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・小坂氏の夫人は既に御他界の様子で、何もかも小坂氏おひとりで処置なさっているらしかった。 私は足袋のために、もうへとへとであった。それでも、持参の結納の品々を白木の台に載せて差し出し、「このたびは、まことに、――」と礼法全書で習いおぼ・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫