・・・これが今朝課長に出さなくてはならない、急ぎの事件である。高い方の山は、相間々々にぽつぽつ遣れば好い為事である。当り前の分担事務の外に、字句の訂正を要するために、余所の局からも、木村の処へ来る書類がある。そんなのも急ぎでないのはこの中に這入っ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・わざと丁寧にこう云って、相手は溝端からちょっと高い街道にあがった。「そんな法はねえ。そりゃあ卑怯だ。おれはまるで馬鹿にされたようなものだ。銭は手めえが皆取ってしまったじゃないか。もっとやれ。」ツァウォツキイの声は叫ぶようであった。 ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・「寝棺はどうや、もっと安かろが?」「寝棺は高い高い。どんねに安うても十両はかかる。」「そうか。そんなら箱棺の口や。どうや伯母やん。ひとつ奮発してくれんか?」「伯母やん。伯母やんって、損のいくことやったら、何んでもわしににじり・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 背の高い、立派な男である。この土地で奴僕の締める浅葱の前掛を締めている。男は響の好い、節奏のはっきりしたデネマルク語で、もし靴が一足間違ってはいないかと問うた。 果して己は間違った靴を一足受け取っていた。男は自分の過を謝した。・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・口不精な役人が二等の待合室に連れて行ってくれた。高い硝子戸の前まで連れて来て置いて役人は行ってしまった。フィンクは肘で扉を押し開けて閾の上に立って待合室の中を見た。明るい所から暗い所に這入ったので、目の慣れるまではなんにも見えなかった。次第・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・これがまた逆にヨーロッパに影響して、二十世紀の初めまで、相当に教養の高い人すらも、アフリカの土人は半獣的な野蛮人である、奴隷種族である、呪物崇拝のほか何も産出することのできなかった未開民族である、などと考えていたのであった。 が、この奴・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫