・・・じゃ間違いのないように、――」 印度人の婆さんは、得意そうに胸を反らせました。「私の占いは五十年来、一度も外れたことはないのですよ。何しろ私のはアグニの神が、御自身御告げをなさるのですからね」 亜米利加人が帰ってしまうと、婆さん・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・それらの言葉は父に向けてはうっかり言えない言葉に違いない。しかし彼ならばそれを耳にはさんで黙っているだろうし、そしてそれが結局小作人らにとって不為めにはならないのを小作人たちは知りぬいているらしかった。彼には父の態度と同様、小作人たちのこう・・・ 有島武郎 「親子」
・・・小作人たちと自分とが、本当に人間らしい気持ちで互いに膝を交えることができようとは、夢にも彼は望み得なかったのだ。彼といえどもさすがにそれほど自己を偽瞞することはできなかった。 けれどもあまりといえばあんまりだった。小作人たちは、「さ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・しかし私は議論というものはとうてい議論に終わりやすくって互いの論点がますます主要なところからはずれていくのを、少しばかりの議論の末に痛切に感じたから、私は単に自分の言い足らなかった所を補足するのに止めておこうと思う。そしてできるなら、諸家に・・・ 有島武郎 「想片」
・・・僕もそうに違いない。やっぱり初めのうちは日に五度も食事をするかも知れない。しかし君はそのうちに飽きてしまっておっくうになるよ。そうしておれん処へ来て、また引越しの披露をするよ。その時おれは、「とうとう飽きたね」と君に言うね。B 何だい。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・こんな変な場処まで捜しまわるようでは、あすこ、ここ、町の本屋をあら方あらしたに違いない。道理こそ、お父さんが大層な心配だ。……新坊、小母さんの膝の傍へ。――気をはっきりとしないか。ええ、あんな裏土塀の壊れ木戸に、かしほんの貼札だ。……そんな・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・僕の生命からしばらくなりとも妻や子を剥ぎ取っておくならば、僕はもう物の役に立たないものになるに違いないと思われるのだ。そりゃあまり平凡じゃと君はいうかもしれねど、実際そうなのだからしかたがない。年なお若い君が妻などに頓着なく、五十に近い僕が・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・機に触れて交換する双方の意志は、直に互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日の日暮はたしかにその機であった。ぞっと身振いをするほど、著しき徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「そう云われると、そうに違いないのやろけど」と、友人は微笑しながら、「まア、もッとお飲み。」傾けた徳利の酒が不足であったので、「おい、お銚子」と、奥へ注意してから、「女房は弱いし、餓鬼は毎日泣きおる、これも困るさかいなア。」「それは・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・彦少名命を祀るともいうし、神功皇后と応神天皇とを合祀するともいうし、あるいは女体であるともいうが、左に右く紀州の加太の淡島神社の分祠で、裁縫その他の女芸一切、女の病を加護する神さまには違いない。だが、この寺内の淡島堂は神仏混交の遺物であって・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫