・・・携わっている方面も異い、気質も異っていたが、彼らは昔から親しく往来し互いの生活に干渉し合っていた。ことに大槻は作家を志望していて、茫洋とした研究に乗り出した行一になにか共通した刺激を感じるのだった。「どうだい、で、研究所の方は?」「・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・人びとの寝静まった夜を超えて、彼と彼の母が互いに互いを悩み苦しんでいる。そんなとき、彼の心臓に打った不吉な摶動が、どうして母を眼覚まさないと言い切れよう。 堯の弟は脊椎カリエスで死んだ。そして妹の延子も腰椎カリエスで、意志を喪った風景の・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 二 半日の囲碁に互いの胸を開きて、善平はことに辰弥を得たるを喜びぬ。何省書記官正何位という幾字は、昔気質の耳に立ち優れてよく響き渡り、かかる人に親しく語らうを身の面目とすれば、訪われたるあとよりすぐに訪い返して、ひ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・くことに近ごろは『ワッペウさん』というあだ名まで取られ候て、折り折り『おしゃべり』と衝突なされ候ことこれまた貞夫よりの事と思えばおかしく候、『おしゃべり』と申せば皆様すぐと小生の事に思し召され候わば大違いに候、妻のことに候、あの言葉少なき女・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・走りてこれを躍り越えんことは互いの誇りなり。されば彼らこのたびは砂山のかなたより、枯草の類いを集めきたりぬ。年上の子、先に立ちてこれらに火をうつせば、童らは丸く火を取りまきて立ち、竹の節の破るる音を今か今かと待てり。されど燃ゆるは枯草のみ。・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・十年互いに知りてついに路傍の石に置く露ほどの思いなく打ち過ぐるも人と人との交わりなり、今日見て今夜語り、その夜の夢に互いに行く末を契るも人と人との縁なり。治子がこの青年を恋うるに至りしは青年が治子を思うよりも早く、相思うことを互いに知りし時・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・この愛らしの娘は未来のわが妻であると心にきめその責任を負う決意がなければならぬ。互いの運命に責任を持ち合わない性関係は情事と呼ぶべきで、恋愛の名に価しない。 恋愛は相互に孤立しては不具である男・女性が、その人間型を完うせんために融合する・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・そうに違いない。」 眼鏡を掛けた、眼つきの悪い局長が、奥の部屋から出て来た。局長は疑ぐるように、うわ眼を使って、小使をじろりと見た。「誰れが出した札だって?」 局長は、小使から局員の方へそのうわ眼を移しながら云った。 小使は・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・何とも無いと云われても、どうも何か有るに違い無い。内の人の身分が好くなり、交際が上って来るにつけ、わたしが足らぬ、つり合い足らぬと他の人達に思われ云われはせぬかという女気の案じがなくも無いので、自分の事かしらんとまたちょっと疑ったが、どうも・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 是れ放言でもなく、壮語でもなく、飾りなき真情である、真個に能く私を解し、私を知って居た人ならば、亦た此の真情を察してくれるに違いない、堺利彦は「非常のこととは感じないで、何だか自然の成行のように思われる」と言って来た、小泉三申は「幸徳・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫