・・・にせられたり おしゅんは伝兵衛おさんは茂兵衛小春は俊雄と相場が極まれば望みのごとく浮名は広まり逢うだけが命の四畳半に差向いの置炬燵トント逆上まするとからかわれてそのころは嬉しくたまたまかけちがえば互いの名を右や左や灰へ曲書き一里を千里と・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・そこは私たちが古い籐椅子を置き、簡単な腰掛け椅子を置いて、互いに話を持ち寄ったり、庭をながめたりして来た場所だ。毎年夏の夕方には、私たちが茶の間のチャブ台を持ち出して、よく簡単な食事に集まったのもそこだ。 庭にあるおそ咲きの乙女椿の蕾も・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「俺を病人と思うのが、そもそも間違いだぞや」「なにしろ、あなたのところの養子もあの通りの働き手でしょう。あの養子を助けて、家の手伝いでもして、時には姉さんの好きな花でも植えて、余生を送るという気には成れないものですかなあ」「熊吉・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・みんなで少しずつ出し合ってくれたら、汽車賃が出来るに違いない。」 一群は丁度爪先上がりになっていた道を登って、丘の上に立ち留まった。そして目の下に見える低い地面を見下した。そこには軌道が二筋ずつ四つか五つか並べて敷いてある。丁度そこへ町・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・と章坊が着物を引っ抱えて飛びだすと、入れ違いに小母さんがはいってきて、シャツの上から着物を着せかけてくれる。「さ、これをあげましょう」と下締を解く。それを結んで小暗い風呂場から出てくると、藤さんが赤い裏の羽織を披げて後へ廻る。「そん・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・こんな風にせられていた日には、いつかはわたしというものが無くなって、黒い糞と林檎の皮とだけが跡に残るに違いないわ。今そう思って見れば、最初からわたしはお前さんの傍を遠ざかりたいと思っていたのだわ。そしてどうしても遠ざかることが出来なかったの・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ 彼は、スバーの涙に特別な注意を払い、彼女が優しい心を持っているに違いないと思いました。今日、両親と別れるのが辛くて歎いている心は、やがて、自分の為になる財産の一つとなるだろうと考えたので、彼は、それをも、スバーに対する信用の一つに加え・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・佐吉さんだって、それを知って居るに違いないのに、何だってあんな嘘の自慢をしたのでしょう。三島には、有名な三島大社があります。年に一度のお祭は、次第に近づいて参りました。佐吉さんの店先に集って来る若者達も、それぞれお祭の役員であって、様々の計・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ あやまった人を愛撫した妻と、妻をそのような行為にまで追いやるほど、それほど日常の生活を荒廃させてしまった夫と、お互い身の結末を死ぬことに依ってつけようと思った。早春の一日である。そのつきの生活費が十四、五円あった。それを、そっくり携帯・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・大隅君と小坂氏の令嬢とは、まだいちども逢っていないのである。互いの家系と写真と、それから中に立った山田勇吉君の証言だけにたよって、取りきめられた縁である。何せ北京と、東京である。大隅君だって、いそがしいからだである。見合いだけのために、ちょ・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫