・・・ 尚子と藍子はそれから愉快げに種々互いの仕事や勉強について話した。「そう云えば、貴女感心に愛素つかさずやっているわね、どうしていて? この頃、あの先生」 尾世川は尚子の遠縁に当る人で、彼女の紹介で藍子は知ったのであった。「―・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・憐れな二人は最後には死ぬことで、この世で実現されなかった互いの結合を全くしようとしているのである。 近松は、文学者として女主人公達と共に、その生き方の限界に自分を止めた。近松には、主人公達の苦悩と死に方とを、もう一歩生きる方へと導いて行・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・そこで同じ遊びなら、好きな、面白い遊びの方が、詰まらない遊びより好いには違いない。しかしそれも朝から晩までしていたら、単調になって厭きるだろう。今の詰まらない為事にも、この単調を破るだけの功能はあるのである。 この為事を罷めたあとで、著・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・それはわたくしあなたに悪い事だったと思っている事をお話いたすつもりに違いございませんの。そこで妙だと存じますのは、男の方が何かをお当てになると云うことは、御自分のお身の上に関係した事に限るようだからでございますの。男。はてな。それではそ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・この体で考えればどうしてもこの男は軍事に馴れた人に違いない。 今一人は十八九の若武者と見えたけれど、鋼鉄の厚兜が大概顔を匿しているので十分にはわからない。しかし色の浅黒いのと口に力身のあるところでざッと推して見ればこれもきッとした面体の・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・宇野浩二氏の『子の来歴』に一番打たれた人々も子のない人に多いのは、観賞に際してもあまりに曇りがなかったからに違いない。 よく作家が寄ると、最後には、子供を不良少年にし、餓えさせてしまっても、まだ純創作をつづけなければならぬかどうかという・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ただ言葉の間違いや事件の行き違いのほかに根のない誤解ならば、解くこともまたやすい。 しかし私は、人格の相違が誤解を必然ならしめる場合を少なからず経験する。それを解き得るものはただ大きい力と愛とである。私はそのためにはいまだあまりに弱い。・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫