・・・の前につむじ風に面するたじろぎを感じた。のみならず窮状を訴えた後、恩恵を断るのは卑怯である。義理人情は蹂躙しても好い。卑怯者になるだけは避けなければならぬ。しかし金を借りることは、――少くとも金を借りたが最後、二十八日の月給日まで返されない・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・良平は内心たじろぎながら、云い訣のように独り言を云った。「早く咲くと好いな。」「咲くもんじゃあ。夏でなけりゃ。」 金三はまた嘲笑った。「夏ねえ? 夏なもんか。雨の降る時分だよう。」「雨の降る時分は夏だよう。」「夏は白・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・かの赤き道を胸張りひろげて走る人、またかの青き道をたじろぎもせず歩む人。それをながめている人の心は、勇ましい者に障られた時のごとく、堅く厳しく引きしめられて、感激の涙が涙堂に溢れてくる。 いわゆる中庸という迷信に付随しているような沈滞は・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ 私はたじろぎ、「そりゃまた、なぜです。」「まあ、どっちでも、同じ様なものですが、しかし、女の嘘は凄いものです。私はことしの正月、いやもう、身の毛もよだつような思いをしました。それ以来、私は、てんで女というものを信用しなくなりま・・・ 太宰治 「嘘」
・・・行進 田島は敵の意外の鋭鋒にたじろぎながらも、「そうさ、全くなってやしないから、君にこうして頼むんだ。往生しているんだよ。」「何もそんな、めんどうな事をしなくても、いやになったら、ふっとそれっきりあわなけれあいいじ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫