・・・と呼ぶと、兄は、はっきりした言葉で、ダイヤのネクタイピンとプラチナの鎖があるから、おまえにあげるよ、と言いました。それは嘘なのです。兄は、きっと死ぬる際まで、粋紳士風の趣味を捨てず、そんなはいからのこと言って、私をかつごうとしていたのでしょ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ この指環だって、ここに一つ新ダイヤが入って居ようものなら、八百円のものは、せいぜい六七十円がものだ。 写真で、真ものと、「まがい」の区別はつかないから都合がなるほどいいものだ。 着物だの飾り物に、ひどい愛着を持って居るお君は、・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 貴方新ダイヤのついたものなんかするもんじゃあない。 私は大っきらい、 何だか変に山師じみてさ。 こんな事も千世子は云った。 二人は心から仲の良い様によっかかり合いながらとりとめもない事をぼそぼそと話した。・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 髪に新ダイヤが輝いて赤い「ツマミ細工」のものなんかも一緒に居る。 それでも夏はそれほどひどくは気にならないけれど冬羽織着物、下着、半衿とあんまり違う色を用うのは千世子は好いて居なかった。 紫紺の極く濃いのと茶っぽい色とを好いて・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・化粧品店には、あざやかな掛ける人もないリボンや新ダイヤの入った大きな櫛や髱止が娘達の心を引いて光って居る。「おともさん」が縫いあげた、帯だの、着物だのの賃銀を主屋の方に行ってもらって居る呉服屋の店先で、私は祖母の胴着と自分の袖にするメリ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 奥さんは縞お召の羽織の袖を左右から胸の前で掻き合わせ、立ったまま合点合点をしていたが、急に、「あら大変だ、ね、石川さん、あのダイヤの帯留ね、どこへ行っちゃったかしら」 膝を突くなり、がむしゃらに小箪笥の引出しを引くるかえした。・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・ 白百合の様な姿とダイヤの様なかがやかしい貴い気持をもったリジヤ姫、男獅子よりも強い忠僕のウリセス、ラクダの様な猿の様な狐の様な鼻まがりの悪党のチロポンピヤ、ビニチュース、ネロ、ペテロ、そうした人達の間に生れて来る大きな尊い芸術的な悲劇・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫