・・・リヤカアに、サイダアの空瓶を一ぱい積んで曳いて歩いている四十くらいの男のひとに、最後に、おたずねしたら、そのひとは淋しそうに笑って、立ちどまり、だくだく流れる顔の汗を鼠いろに汚れているタオルで拭きながら、春日町、春日町、と何度も呟いて考えて・・・ 太宰治 「千代女」
・・・と、吉里は手酌で湯呑みへだくだくと注ぐ。「お止しと言うのに」と、小万が銚子を奪ろうとすると、「酒でも飲まないじゃア……」と、吉里がまた注ぎにかかるのを、小万は無理に取り上げた。吉里は一息に飲み乾し、顔をしかめて横を向き、苦しそうに息を吐・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・趣味、余技などというなまやさしいところを抜け、百姓ならば汗だくだくになって振った鍬を一休みし、額や頸でも拭きながら腰を延して「やあ、どうだ、うまく行くか」と声をかけ合う、そういう交りが実に実に欲しいのだ。 男の人は誰でもそういう友達があ・・・ 宮本百合子 「大切な芽」
・・・ 私は老ぼれた馳け落ちものが茶化した様にゲタゲタとてりつける日光をあびて汗をだくだくながしてほこりまびれになって居る様子を思って皮肉な芝居を見せられた様な気持がしましたよ。 誰も笑わなかった。 やがて肇は重々しい目つきをして・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫