・・・人がよい事があるとわきから腹を立てたりするのも世の中の人心で無理もない。自分の子でさえ親の心の通りならないで不幸者となり女の子が年頃になって人の家に行き其の夫に親しくして親里を忘れる。こんな風儀はどこの国に行っても変った事はない。 加賀・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・それも大勢のお立て合う熱に浮されたと云うたら云えんこともなかろう。もう、死んだんが本統であったんやも知れんけど、兎角、勇気のないもんがこない目に会うて」と、左の肩を振って見せたが、腕がないので、袖がただぶらりと垂れていた。「帰って来ても、廃・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・丁度兄の伊藤八兵衛が本所の油堀に油会所を建て、水藩の名義で金穀その他の運上を扱い、業務上水府の家職を初め諸藩のお留守居、勘定役等と交渉する必要があったので、伊藤は専ら椿岳の米三郎を交際方面に当らしめた。 伊藤は牙籌一方の人物で、眼に一丁・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・次男に生れて新家を立てたが、若い中に妻に死なれたので幼ない児供を残して国を飛出した。性来頗る器用人で、影画の紙人形を切るのを売物として、鋏一挺で日本中を廻国した変り者だった。挙句が江戸の馬喰町に落付いて旅籠屋の「ゲダイ」となった。この「ゲダ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ほかのものであるならば、紙幣を焼いたならば紙幣を償うことができる、家を焼いたならば家を建ててやることもできる、しかしながら思想の凝って成ったもの、熱血を注いで何十年かかって書いたものを焼いてしまったのは償いようがない。死んだものはモウ活き帰・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ずいぶん短気の人でありましたから、非常に腹を立てた。彼はそのときは歴史などは抛りぽかして何にもならないつまらない小説を読んだそうです。しかしながらその間に己で己に帰っていうに「トーマス・カーライルよ、汝は愚人である、汝の書いた『革命史』はソ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ふと気が付いて見れば、中庭の奥が、古木の立っている園に続いていて、そこに大きく開いた黒目のような、的が立ててある。それを見た時女の顔は火のように赤くなったり、灰のように白くなったりした。店の主人は子供に物を言って聞かせるように、引金や、弾丸・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・人間は、馬や、牛や、犬や、ねこのために、病院まで建ててやっているのに、私たちの病院というようなものを、まだ建てていない。こうした大不公平は、ここに挙げ尽くされないほどある。これに対して、あなたがた同様、私たちが、黙っているものですか。」と、・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・その風は、また、かごの中のやまがらの頭の細い小さな毛をも波立てました。すると、やまがらは、ますますまりのように、体をふくらませたのであります。 吉雄は、こうしている間に、餌ちょくの水が凍ってしまったのを見ました。彼は、また新しい水を換え・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
・・・こんなことがあってから、このからすは、ひとをおだてたり、うそをいって困らせたりすることを喜ぶようになりました。それもまったくかもめの言葉を信じて、とんだめにあった復讐を他に向かってしたのでございます。 ある日、からすは田の上や、圃の上を・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
出典:青空文庫