・・・「荼毘だ、荼毘だ」と丸顔の男は急に焼場の光景を思い出す。「蚊の世界も楽じゃなかろ」と女は人間を蚊に比較する。元へ戻りかけた話しも蚊遣火と共に吹き散らされてしもうた。話しかけた男は別に語りつづけようともせぬ。世の中はすべてこれだと疾うから知っ・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ 特にフランスへ帰ろうとしていたセバストーポリの宿で、ジイドは、彼の親愛な若い友人ウージェヌ・ダビを、猩紅熱で失った。時間としては短い二ヵ月余のソヴェト初旅行は、それ故終始、敏感なジイドにとって或る悲痛な感情の緊張をともなった印象の裡に・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・これより鳳山亭の登りみち、泉ある処に近き荼毘所の迹を見る。石を二行に積みて、其間の土を掘りて竈とし、その上に桁の如く薪を架し、これを棺を載するところとす。棺は桶を用いず、大抵箱形なり。さて棺のまわりに糠粃を盛りたる俵六つ或は八つを竪に立掛け・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫