・・・作者としては不平だらだらだった。しかし舞台協会の諸君は人間として純情な人たちばかりで、私とも精神的な交感が通っていた。 映画にとりたいという申込みはそのころよくあったが私はことわってきた。そのころの映画はまだ幼稚だったし、トーキーもなか・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・て坐り、祖母、母、長兄、次兄、三兄、私という順序に並び、向う側は、帳場さん、嫂、姉たちが並んで、長兄と次兄は、夏、どんなに暑いときでも日本酒を固執し、二人とも、その傍に大型のタオルを用意させて置いて、だらだら流れる汗を、それでもって拭い拭い・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・笑い笑い老妻とわかれ、だらだら山を下るにしたがって、雪も薄くなり、嘉七は小声で、あそこか、ここか、とかず枝に相談をはじめた。かず枝は、もっと水上の駅にちかいほうが、淋しくなくてよい、と言った。やがて、水上のまちが、眼下にくろく展開した。・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ だらだら勝手な事ばかり書いて来ました。いちいちお読み下さったとしたら恐縮です。でも、もう怒らないで下さい。あなたは、すぐ怒るからいけません。もう、あんな長い堂々のお手紙ばかりはごめんですよ。 ご存じですか? 私は、あなたとこんな手・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・思い出せば私が三つのとき、というような書きだしから、だらだらと思い出話を書き綴っていって、二歳一歳、しまいにはおのれの誕生のときの思い出を叙述し、それからおもむろに筆を擱いたら、それでよいのである。けれどもここに、姿勢の完璧を示そうか、情念・・・ 太宰治 「玩具」
・・・はッと思って見ると、血がだらだらと暑い夕日に彩られて、その兵士はガックリ前にった。胸に弾丸があたったのだ。その兵士は善い男だった。快活で、洒脱で、何ごとにも気が置けなかった。新城町のもので、若い嚊があったはずだ。上陸当座はいっしょによく徴発・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ この男はどこから来るかと言うと、千駄谷の田畝を越して、櫟の並木の向こうを通って、新建ちのりっぱな邸宅の門をつらねている間を抜けて、牛の鳴き声の聞こえる牧場、樫の大樹に連なっている小径――その向こうをだらだらと下った丘陵の蔭の一軒家、毎朝か・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・たぶん食いつこうとしてどうかされたものと見えて口から白いよだれのようなものをだらだらたらしながら両方の前足で自分の口をもぎ取りでもするような事をして苦しんでいた。蛙が煙草をなめた時の挙動とよく似た事をやっていた。それ以来はもう口をつけないで・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ただ宇治川の流れと、だらだらした山の新緑が、幾分私の胸にぴったりくるような悦びを感じた。 大阪の町でも、私は最初来たときの驚異が、しばらく見ている間に、いつとなしにしだいに裏切られてゆくのを感じた。経済的には膨脹していても、真の生活意識・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
一 ――ほこりっぽい、だらだらな坂道がつきるへんに、すりへった木橋がある。木橋のむこうにかわきあがった白い道路がよこぎっていて、そのまたむこうに、赤煉瓦の塀と鉄の門があった。鉄の門の内側は広大な熊本煙草専売局工・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫