・・・二升瓶に貯える、生葱を刻んで捏ね、七色唐辛子を掻交ぜ、掻交ぜ、片襷で練上げた、東海の鯤鯨をも吸寄すべき、恐るべき、どろどろの膏薬の、おはぐろ溝へ、黄袋の唾をしたような異味を、べろりべろり、と嘗めては、ちびりと飲む。塩辛いきれの熟柿の口で、「・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・泥だらけの靴やちびった下駄のままで書きまくった小説でなければもう感心しない。きちんと履物をそろえて書斎の中に端坐し、さて机の上の塵を払ってから、書き出したような作品に、もはや何の魅力があろう。 これまで、日本の文学は、俳句的な写実と、短・・・ 織田作之助 「土足のままの文学」
・・・と叔父は、磨りちびてつるつるした縁側に腰を下して、おきのに訊ねた。「あれを今、学校をやめさして、働きに出しても、そんなに銭はとれず、そうすりゃ、あれの代になっても、また一生頭が上がらずに、貧乏たれで暮さにゃならんせに、今、ちいと物入れて・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ そんな考えから、親爺は、借金や、頼母子講を落した金で、ちびり/\と田と畠を買い集めた。破産した人間の土地を値切り倒して、それで時価よりも安く買えると彼は、鬼の首を取ったように喜んだ。 七年間に、彼は、全然の小作人でもない、又、全然・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・内のちび達にこれを遣るのだわ。これがリイザアのよ。好い人形でしょう。目をくるくる廻して、首がどっちへでも向くのよ。好いじゃないか。このコルクのピストルはマヤに遣るの。(コルクを填こわくって。わたしがお前さんを・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・帽子もかぶらず、普段着の木綿の着物で、それに、下駄も、ちびている。お荷物、一つ無い。一夜泊って、大散財しようと、ひそかに決意している旅客のようには、とても見えまい。土地の人間のように見えるのだろう。笠井さんは、流石に少し侘びしく、雨さえぱら・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・あたし、巴御前じゃない。薙刀もって奮戦するなんて、いやなこった。」「似合うよ。」「だめ。あたし、ちびだから、薙刀に負けちゃう。」 ふふ、と数枝は笑った。数枝の気嫌が直ったらしいので、さちよは嬉しく、「ねえ。あたしの言うこと、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・私も今は三十二歳で、こんなに鬚もじゃの大男になって、多少は苦労して来たような気もしているのであるが、やはり、こんな悪洒落みたいな、ふざけた着物を着て、ちびた下駄をはき、用も無いのに公園をのそのそ歩き廻っている。知らない人は、私をその辺の不潔・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ 三毛の頭にはこの親なし子のちびと自分の産んだ子との区別などはわかろうはずはなかった。そしてただ本能の命ずるがままに、全く自分の満足のためにのみ、この養児をはぐくんでいたに相違ない。しかしわれわれ人間の目で見てはどうしてもそうは思いかね・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・左に従い来る山々山骨黄色く現われてまばらなる小松ちびけたり。中に兜の鉢を伏せたらんがごとき山見え隠れするを向いの商人体の男に問う。何とか云いしも車の音に消されて判らず。再三問いかえせしも訛の耳なれぬ故か終にわからず。気の毒にもあり可笑しくも・・・ 寺田寅彦 「東上記」
出典:青空文庫