・・・ 再びお千代ちゃんの顔を見た時、由子は「ひどいわ、黙って行っちゃうなんて!」と云った。「御免なさいね。――あのね――誰にも云わないでね……私本当は神戸で小母さんなんかのとこにいたんじゃないのよ。嘉久子のところにいたの、手伝い・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・「化膿しちゃうわ。……歯ぐきと頬っぺたの肉がすっかり剥れちゃってるんだもの」「……詰らんもの呑んだりするからえげねんだ」「――医者よんで下さい。ね」「話して見よう」 薄手な素足でこっちへ来て坐りながら、「下剤かけるか・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・私たちは、拾うものを片端から自分の生活に関係なく読むもんだから文化的な水準は一等高いけれど、どうしても文学少女みたいになっちゃうんです。それが印刷で働いたものの一番の弱点だと思います。」 私はその話から、有名なフォード自動車工場の有様を・・・ 宮本百合子 「個性というもの」
・・・いやんなっちゃうな」「まあそう云わずにいらっしゃい、今に何とかなるだろうから」 時刻が移るにつれ、人の数は殖えた。が、その晩はどういうものか、ひどくつまらない外国の商人風な男女ばかりであった。「せめて、視覚でも満足させたいな。こ・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・「お総さん、見ずじまいになっちゃうわ」「いいさ、我まま云って来ないんだもの、来たけりゃ一人で来ればいい」 なほ子は先に立って、先刻大神楽をやっていた店の前から、細いだらだら坂を下った。「道、分ってるの」「ええ」 夏の・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ ――私どもきっとぐっすり眠っちゃうから、明日の朝まで荷物見るものがないでしょう? だからね。 そういって笑った。 鞄を頭の奥へ立て、布団を体にまきつけ、やっと二人目の日本女も横になった。 レーニングラード、モスクワ間八百六・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・「いくらでも出さなくちゃあならないんじゃあ困っちゃうね」「ええ」 夜の大雨の心持 一九二五年九月二十九日より三十日まる一日降りつづいた大雨についての経験。 大抵一昼夜経てば天候は変るのに、その雨は三十日に・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・もしもし困っちゃうな、ばななのたたきうりがあるんですよ、この電話のそばに」 ゴーゴリ的会の内情主事 古知事知事の年俸五千円今はあっちこっちで七千円近くとる、竹内 女房子は故郷に置き下田の男妾、実践・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
派出婦さんが、だんだん顔をあげて私を見て、笑顔になってものを云うようになった。そして、こんなことを話した。「あたし、喧嘩する家はつくづく、やになっちゃうね」 夫婦喧嘩されると、どっちにどう云っていいのか分らないから・・・ 宮本百合子 「想像力」
・・・ 歌を唱わなけりゃあ御機嫌が悪いんだと一人ぎめして居るんだものいやになっちゃう。 それに又彼の女にはその位の観察が関の山なんだものねえ。 女中が少しすかして行った戸をいまいましそうに見ながら千世子は云った。そしてだまったまん・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫