・・・「何に致せ、御一同のような忠臣と、一つ御藩に、さような輩が居ろうとは、考えられも致しませんな。さればこそ、武士はもとより、町人百姓まで、犬侍の禄盗人のと悪口を申して居るようでございます。岡林杢之助殿なども、昨年切腹こそ致されたが、やはり・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 最後に創作家としての江口は、大体として人間的興味を中心とした、心理よりも寧ろ事件を描く傾向があるようだ。「馬丁」や「赤い矢帆」には、この傾向が最も著しく現れていると思う。が、江口の人間的興味の後には、屡如何にしても健全とは呼び得ない異・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・三人の忠臣が予想した通り、坊主共の上にも、影響した。しかし、この影響は結果において彼等の予想を、全然裏切ってしまう事に、なったのである。何故と云えば坊主共は、金が銀に変ったのを見ると、今まで金無垢なるが故に、遠慮をしていた連中さえ、先を争っ・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・「ある時石川郡市川村の青田へ丹頂の鶴群れ下れるよし、御鳥見役より御鷹部屋へ御注進になり、若年寄より直接言上に及びければ、上様には御満悦に思召され、翌朝卯の刻御供揃い相済み、市川村へ御成りあり。鷹には公儀より御拝領の富士司の大逸物を始め、・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・少くとも、最後の一刻を除いて、修理に対する彼の忠心は、終始変らないものと信じていた。「君君為らざれば、臣臣為らず」――これは孟子の「道」だったばかりではない。その後には、人間の自然の「道」がある。しかし、林右衛門は、それを認めようとしなかっ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・それは或る気温の関係で太陽の周囲に白虹が出来、なお太陽を中心として十字形の虹が現われるのだが、その交叉点が殊に光度を増すので、真の太陽の周囲四ヶ所に光体に似たものを現わす現象で、北極圏内には屡見られるのだがこの辺では珍らしいことだといって聞・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・思想の中心を失っているのである。 自己主張的傾向が、数年前我々がその新しき思索的生活を始めた当初からして、一方それと矛盾する科学的、運命論的、自己否定的傾向と結合していたことは事実である。そうしてこれはしばしば後者の一つの属性のごとく取・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ これ、佐藤継信忠信兄弟の妻、二人都にて討死せしのち、その母の泣悲しむがいとしさに、我が夫の姿をまなび、老いたる人を慰めたる、優しき心をあわれがりて時の人木像に彫みしものなりという。この物語を聞き、この像を拝するにそぞろに落・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・偶然だけれども、信也氏の場合は、重ねていうが、ビルジングの中心にぶつかった。 また、それでなければ、行路病者のごとく、こんな壁際に踞みもしまい。……動悸に波を打たし、ぐたりと手をつきそうになった時は、二河白道のそれではないが――石段は幻・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・朝の天気はまんまるな天際の四方に白雲を静めて、洞のごとき蒼空はあたかも予ら四人を中心としてこの磯辺をおおうている。単純な景色といわば、九十九里の浜くらい単純な景色はなかろう。山も見えず川も見えずもちろん磯には石ころもない。ただただ大地を両断・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
出典:青空文庫