・・・と紅絹切の小耳を細かく、ちょいちょいちょいと伸していう。「ああ号外だ。もう何ともありやしねえや。」「だって、お前さん、そんなことをしちゃまたお腹が悪くなるよ。」「何をよ、そんな事ッて。なあ、姉様、」「甘いものを食べてさ、がり・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・―― 万世橋向うの――町の裏店に、もと洋服のさい取を萎して、あざとい碁会所をやっていた――金六、ちゃら金という、野幇間のような兀のちょいちょい顔を出すのが、ご新姐、ご新姐という、それがつい、口癖になったんですが。――膝股をかくすものを、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 見知越の仁ならば、知らせて欲い、何処へ行って頼みたい、と祖母が言うと、ちょいちょい見懸ける男だが、この土地のものではねえの。越後へ行く飛脚だによって、脚が疾い。今頃はもう二股を半分越したろう、と小窓に頬杖を支いて嘲笑った。 縁の早・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・お嬢様がお一方、お米さんが附きましてはちょいちょいこの池の緋鯉や目高に麩を遣りにいらっしゃいますが、ここらの者はみんな姫様々々と申しますよ。 奥様のお顔も存じております、私がついお米と馴染になりましたので、お邸の前を通りますれば折節お台・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ と、言ううちにも、紫玉はちょいちょい眉を顰めた。抜いて持った釵、鬢摺れに髪に返そうとすると、や、するごとに、手の撓うにさえ、得も言われない、異な、変な、悪臭い、堪らない、臭気がしたのであるから。 城は公園を出る方で、そこにも影がな・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・その後は何かの用があったりして、ちょいちょい訪ねて行くこともあったが、何時でも用談だけで帰ったことがない。お忙がしいでしょうから二十分位と断って会うときでも、やはり二、三時間も長座をするのが常例だった。 夏目さんは好く人を歓迎する人だっ・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・ふと視線が合うと、蝶子は耳の附根まで真赧になったが、柳吉は素知らぬ顔で、ちょいちょい横眼を使うだけであった。それが律儀者めいた。柳吉はいささか吃りで、物をいうとき上を向いてちょっと口をもぐもぐさせる、その恰好がかねがね蝶子には思慮あり気に見・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・新生活の妄想でふやけきっている頭の底にも、自分の生活についての苦い反省が、ちょいちょい角を擡げてくるのを感じないわけに行かなかった。「生活の異端……」といったような孤独の思いから、だんだんと悩まされて行った。そしてそれがまた幼い子供らの柔か・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ よそから毎晩のようにこの置座に集まり来る者二、三人はあり、その一人は八幡宮神主の忰一人は吉次とて油の小売り小まめにかせぎ親もなく女房もない気楽者その他にもちょいちょい顔を出す者あれどまずこの二人を常連と見て可なるべし。二十七年の夏も半・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ ○ さきの話ずきの女は、この春月の詩碑へたずねて遠くからちょいちょい人が来ることや、五年前の除幕式には東京からえらい人が見えたことやをこまごまと話つづけた。 なんで身投げなどしたんじゃろかなと、女は自問し、この世がい・・・ 黒島伝治 「短命長命」
出典:青空文庫