・・・ 本屋は早速見つくろって幾通りかの本をその書架につめたら、金額は四十円を超過して二百円ばかりかかった。しかし、その新邸の主人は、これで大層立派になったと云ってよろこんだそうだ。 本がよく売れるという昨今の文化のありようには、こんな見・・・ 宮本百合子 「見つくろい」
・・・停留場までの道は狭い町家続きで、通る時に主人の挨拶をする店は大抵極まっている。そこは気を附けて通るのである。近所には木村に好意を表していて、挨拶などをするものと、冷澹で知らない顔をしているものとがある。敵対の感じを持っているものはないらしい・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・おとつい焼け残った町家が、又この火事で焼けた。 十日には又寒い西北の風が強く吹いていると、正午に大名小路の松平伯耆守宗発の上邸から出火して、京橋方面から芝口へ掛けて焼けた。 続いて十一日にも十二日にも火事がある。物価の高いのに、災難・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・石田が長靴を脱ぐと、爺さんは長靴も一しょに持って先に立った。 石田は爺さんに案内せられて家を見た。この土地の家は大小の違があるばかりで、どの家も皆同じ平面図に依って建てたように出来ている。門口を這入って左側が外壁で、家は右の方へ長方形に・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・陸軍で極めている一人一日精米六合というのを迥に超過している。石田は考えた。自分はどうしても兵卒の食う半分も食わない。お時婆あさんも春も兵卒ほど飯を食いそうにはない。石田は直にお時婆あさんの風炉敷包の事を思い出した。そして徐にノオトブックを将・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・「長靴がひとり雪の中をごそごそと歩いていた。」とゴルキーが答えた。「うむ、それは性欲から来ているね。」と、いきなりトルストイは解答を与えた。 何ぜか、これは少し興味がある。 恐い夢 私は歯の抜ける夢をしばし・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
出典:青空文庫