・・・五軒目には人が住んでいたがうごめく人影の間に囲炉裡の根粗朶がちょろちょろと燃えるのが見えるだけだった。六軒目には蹄鉄屋があった。怪しげな煙筒からは風にこきおろされた煙の中にまじって火花が飛び散っていた。店は熔炉の火口を開いたように明るくて、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そして自分の家の方を見ると、さっきまで真暗だったのに、屋根の下の所あたりから火がちょろちょろと燃え出していた。ぱちぱちとたき火のような音も聞こえていた。ポチの鳴き声もよく聞こえていた。 ぼくの家は町からずっとはなれた高台にある官舎町にあ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・と、鮹が真前にちょろちょろと松の木の天辺へ這って、脚をぶらりと、「藤の花とはどうだの、下り藤、上り藤。」と縮んだり伸びたり。 烏賊が枝へ上って、鰭を張った。「印半纏見てくんねえ。……鳶職のもの、鳶職のもの。」 そこで、蛤が貝・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・谿河の水に枕なぞ流るるように、ちょろちょろと出て、山伏の裙に絡わると、あたかも毒茸が傘の轆轤を弾いて、驚破す、取て噛もう、とあるべき処を、――「焼き食おう!」 と、山伏の、いうと斉しく、手のしないで、数珠を振って、ぴしりと打って、不・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・走りもとの破れた芥箱の上下を、ちょろちょろと鼠が走って、豆洋燈が蜘蛛の巣の中に茫とある……「よう、買っとくれよ、お弁当は梅干で可いからさ。」 祖母は、顔を見て、しばらく黙って、「おお、どうにかして進ぜよう。」 と洗いさした茶・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ ゆるい、はけ水の小流の、一段ちょろちょろと落口を差覗いて、その翁の、また一息憩ろうた杖に寄って、私は言った。 翁は、頭なりに黄帽子を仰向け、髯のない円顔の、鼻の皺深く、すぐにむぐむぐと、日向に白い唇を動かして、「このの、私がい・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 私はこう下を向いて来かかったが、目の前をちょろちょろと小蛇が一条、彼岸過だったに、ぽかぽか暖かったせいか、植木屋の生垣の下から道を横に切って畠の草の中へ入った。大嫌だから身震をして立留ったが、また歩行き出そうとして見ると、蛇よりもっと・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・…… 山の根から湧いて流るる、ちょろちょろ水が、ちょうどここで堰を落ちて、湛えた底に、上の鐘楼の影が映るので、釣鐘の清水と言うのである。 町も場末の、細い道を、たらたらと下りて、ずッと低い処から、また山に向って径の坂を蜒って上る。そ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 椎の樹婆叉の話を聞くうちに、ふと見ると、天井の車麩に搦んで、ちょろちょろと首と尾が顕われた。その上下に巻いて廻るのを、蛇が伝う、と見るとともに、車麩がくるくると動くようで、因果車が畝って通る。……で悚気としたが、熟と視ると、鼠か、溝鼠・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ばたばたと廊下へ続くと、洗面所の方へ落ち合ったらしい。ちょろちょろと水の音がまた響き出した。男の声も交じって聞こえる。それが止むと、お米が襖から円い顔を出して、「どうぞ、お風呂へ。」「大丈夫か。」「ほほほほ。」 とちとてれた・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
出典:青空文庫