・・・ 真夜中頃に、枕頭の違棚に据えてある、四角の紫檀製の枠に嵌め込まれた十八世紀の置時計が、チーンと銀椀を象牙の箸で打つような音を立てて鳴った。夢のうちにこの響を聞いて、はっと眼を醒ましたら、時計はとくに鳴りやんだが、頭のなかはまだ鳴ってい・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・ところへ忽然隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。 はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。第三夜 こんな夢を見た。 六つになる子供を負ってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつ・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 庭の隅でカサカサ、八ツ手か何かが戦ぐ音がした。 チュッチュッ! チー チュック チー。…… 暖い日向は、白い寝台掛布の裾を五寸ばかり眩ゆい光に燦めかせて窓際の床の一部に漂っている。 彼は明るさや、静けさ暖かさの故で平和な、楽し・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・「あなたはチーホンですか?」「そうだよ」「ピョートルがやられたんです」「どこのピョートルだね」「長い、寺僧に似た男ですよ」「で?」「それだけです」 すると、その銅器工は、「ピョートルだの、寺僧だの何だのっ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫