・・・ 地主は小作料の代りに、今、相場が高くって、百姓の生活を支える唯一の手だてになっている豚を差押えようとしていた。それに対して、百姓達は押えに来た際、豚を柵から出して野に放とう、そうして持主を分らなくしよう。こう会合できめたのであった。会・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・が、もう、梯子が三ツか四ツというところまで漕ぎつけて、我慢がしきれなくなって、足を踏みはずしたり、手に身体を支える力がなくなったりして、墜落した。上の者は、下から来ている者の頭に落ちかゝった。と、下の者は、それに引きずられて二人が共に落ちだ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉とで作り上げていたので、当人は初めて真の学生になり得たような気がして、実に清浄純粋な、いじらしい愉悦と矜持とを抱いて、余念もなしに碩学の講義を聴いたり、豊富な図書館に入った・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・丸が良い訳はないのですが、丸でいて調子の良い、使えるようなものは、稀物で、つまり良いものという訳になるのです。 「そんなこと言ったって欲しかあねえ」と取合いませんでした。 が、吉には先刻客の竿をラリにさせたことも含んでいるからでしょ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 心身共に生気に充ちていたのであったから、毎日の朝を、まだ薄靄が村の田の面や畔の樹の梢を籠めているほどの夙さに起出て、そして九時か九時半かという頃までには、もう一家の生活を支えるための仕事は終えてしまって、それから後はおちついた寛やかな・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・「ああああ、お新より外にもう自分を支える力はなくなってしまった」 とおげんは独りで言って見て嘆息した。 九月らしい日の庭にあたって来た午後、おげんは病室風の長い廊下のところに居て、他人まかせな女の一生の早く通り過ぎて行ってしまう・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・文学界に関係される頃から、透谷君は半ば病める人であったと、後になって気が着いたが、皆と一緒になって集って話していても、直ぐに身体を横にしたり、何か身を支えるものが欲しいというような様子をしていた。斯ういう身体だったから、病的な人間の事にも考・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・財産も、店の品物も、着物も、道具も――一切のものを失った今となって見ると、年老いたお三輪が自分の心を支える唯一つの柱と頼むものは、あの生みの母より外になかった。 生きている人にでも相談するように、お三輪はこの母の前に自分を持って行って見・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・おばあさんはこんなふうで、魔術でも使える気でいるとたいくつをしませんでした。そればかりではありません。この窓ガラスにはもう一つ変わった所があって、ガラスのきざみ具合で見るものを大きくも小さくもする事ができるようになっておりました。だからもし・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 声の悪いのは、傷だが、それは沈黙を固く守らせておればいい。 使える。行進 馬子にも衣裳というが、ことに女は、その装い一つで、何が何やらわけのわからぬくらいに変る。元来、化け物なのかも知れない。しかし、この女のよう・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫